雪の中の動物園、あのブームの後で~旭山動物園のさらなる挑戦~ 第2回「動物園は誰が為に」

旭山動物園の第2回の記事。第1回では、旭山動物園のインバウンドへの取組みについて現場のスタッフが直面した問題や解決策、今後の課題などが見えてきた(第1回の記事はこちら)。第2回は公設の施設として動物園が抱える悩みに迫る。

動物園を社会インフラに~「人のため」か「動物のためか」論争を超えて

日本動物園水族館協会の2017.12.31現在の動物園加盟園データよりグラフを作成

日本動物園水族館協会によると、協会に加盟する動物園数91のうち官庁(地方自治体)が設置した施設は70であり、協会に加盟している動物園の約8割が公設の施設ということになる(2017年12月31日時点)。日本の動物園の多くは県や市などの地方自治体が支えているのが現実だ。限られた予算を教育や福祉などに配分しなければならない自治体において、動物園が「誰のためにあるのか」、「何のためにあるのか」は問われ続けている。

旭川市が設置・運営している旭山動物園においてもこの問題は避けて通れない。
同園の坂東園長は「日本の動物園はすごくいびつ。地方自治体が行政単位でやっている。市だったら市という閉じられた世界の中で運営している。海外であれば、行政以外にも寄付や関係団体から援助してもらっている。日本の場合、とにかく経営が厳しい。『人の福祉ですか?他の動物のことですか?』というような判断になったら当然だが人が優先される」と話す。

旭川市総合政策部財政課提供データ(旭川市各会計予算総括表)よりグラフを作成

限られた予算の中で動物園の事業費を捻出するのに苦心するのは、動物園を抱えるどこの自治体も同じであろう。だが、予算を確保することが難しい要因は、厳しい地方財政という言葉だけでは片づけることができないようだ。

「動物園は絶対的に必要なインフラとして認められていない。なくなったからといって生活に困ることはない」(坂東園長)のである。優先的に予算を組む対象にはなっていないのだ。

行政のスパンと命のスパン

名物であるペンギンの散歩の時間には広場に人だかりができる(撮影:王麗華)

インフラとして認められていない動物園が、その存在価値を訴えるためには、何が必要なのであろうか。
「維持をするには集客をしないといけない状態になっている。だから、『じゃあ集客するためには何をしなければいけないんだろう』という、集客が目的となってしまう。(旭山動物園の入園者は)今年は140万人を超え、昨年と同じくらいになりそうなんですけれども、でもこんな地方都市で人口の4倍、5倍の人が入っている動物園って全国にないと思うんです。でもそれでも(過去に)300万人までいっているので、『減った、減った』ばかり言われて来年度の予算がすごく厳しい状況。ちょっと何なのかなと、ここまでやってもまだ、観光地としてしか見られていないのかと、すごく悔しさがある」。(坂東園長)

坂東園長は1986年に獣医として入園して以降ずっと現場を見続けている(撮影:白川裕将)

このように、行政の施設として継続させるため手段の目的化に飲み込まれてしまうのは、行政側のスパンで考えているからだという。
「旭山動物園は現場の人間が園長としてやっているが、他のところでは必ずしもそうとは限らない。現場の人間は動物と向き合っているが、2、3年という任期で行政の他のところから急に動物園の役職につく人は、どうしても動物の一生という長い命のスパンで物事を見られない」。(坂東園長)

動物園から、世界の環境問題解決につなげる

旭山動物園のカバは雪の中でも元気に動き回っていた(撮影:王麗華)

命のスパンで考えることを訴える坂東園長に50年後の旭山動物園の姿を聞いてみた。
「これは、現実的にいうとすごく難しいものがいっぱいあってですね、旭川市がそもそもどうなっているのだろうとかと。毎年3,000人減っている状況で、もうちょっとしたら30万人切ってしまう。あと50年後、市そのものがどうなっているのだろうという不安がある。でも、うちはカバの百吉(モモキチ)がいる以上は、彼らは50年以上生きますから、彼らの命には責任をとらなければいけない。『うちはもうやれんから、ごめん、百吉』って言うわけにはいかない」。

オスのカバはマーキングのためにフンをまき散らす。スタッフは来園者に注意を促しながら、外に散らばったフンの片づけや柵の洗浄などに追われていた(撮影:王麗華)

そのために、責任をとるにはどうすればいいのだろうか。その答えは、これからの動物園のありかたにかかっている。
「30年前には環境問題がこんなに深刻になるとは思っていなかったと思う。たった30年で危機的な状況に僕らはしてしまった。おそらくこれからの動物園の目的は、のほほんと動物を眺めるような場所を提供することではなく、飼育する動物たちの故郷にどう貢献できるかだと思うんです。そして、動物園が存在することで、動物たちの未来をどうつなげることができるのかを考えたり、何かに気づいてもらえたり、共感してもらえるようなきっかけを与えられたらと。人間は動物たちの未来を閉ざそうとしている。ほんのちょっと優しくできたり引き算ができたりすれば未来は変わる。それは、今の子供達の未来でもあると思うんです。でもね、だからというか、動物園にしかできないことが絶対にあると思いますよ」。(坂東園長)

園内ではボルネオへの恩返しプロジェクトの様子をパネルで紹介する企画展が開かれていた(撮影:王麗華)

行政にできなくて、動物園にできること。それは、縦割りの枠を超え、こうありたいという目標に対してたくさんの人に協力を求められるような仕組みづくりだという。
「縦割りの中で、恩恵を受けている他の行政に対して予算を組んだりすることはできない。だけど、動物園はたくさんの人が集まる。動物たちに関心を持ってくれる人たちの気持ちを集め、協力を仰ぐことができる。それが形になったのがボルネオへの恩返しプロジェクト」。(坂東園長)

ボルネオのプロジェクトでは、園長だけでなく他のスタッフも現地で活動し報告をする(撮影:王麗華)

ゾウやオランウータンの故郷であるボルネオ島では、パーム油を採取するためのアブラヤシの畑をつくるため、ジャングルが切り開かれ、ゾウやオランウータンなど野生生物のすみかが奪われる問題が深刻化している。パーム油は現在世界で最も多く消費されている植物油脂。面積あたりの生産量が多いので生産効率がよく、食用から石鹸まで用途が広いため世界的に需要が増えている。そのために農園が広がり、すみかを奪われた野生生物が農園や人里に現れる事態が起こっている。

旭山動物園によるボルネオへの恩返しプロジェクトでは、その野生生物のためのレスキューセンターの建設に協力している。
「こういうことは、行政の縦割りの仕組みの中でできることではない。動物たちは行政区分なんて知らないし、一定の行政のエリアの中だけでは生きていない。生き物全体を見ることができるのは動物園。生き物を守ることは環境を守ることにつながる。循環を健全なものにしていくことが人の未来にもつながる。動物園に足を運ぶことで、ちょっと何かを感じて、日々の暮らしを見直したりすることにつながればいい。その積み重ねが未来につながっていくことを期待したい。これからの50年はそんな積み重ねにしていきたい」。(坂東園長)

問われる、動物園だからこそできること

市民の来園を待つ旭山動物園(撮影:王麗華)

「観光は水モノですよね。外交問題などで(海外からの)客足がピタッと止まることもあるかもしれないし。自治体でやっている以上は、自治体に住んでいる人がどれだけ認めてくれるかだと思うんです。自分の中での究極は、『図書館なくしても、博物館なくしても、動物園は残そうぜ』とみんなが言ってくれる旭山でありたい。まだまだそこまでは行っていないかもしれませんね。そういってもらえるようなものにしていかなくてはいけない」。(坂東園長)

坂東園長は図書館や博物館がいらないと言っているのではない。動物園はそれらをも包含する教育的機能を持ち、他にはない体験を提供できる場である。にも関わらず、娯楽や集客施設の側面だけでとらえられてしまうことに対するもどかしさだ。

本州や海外からの来園者が多いという(撮影:王麗華)

昨年開園50周年を迎えた旭山動物園は、現在、市民の入園料金を一般の料金よりも抑えている。高校生以上の大人一般料金は820円で、旭川市民の場合は590円。動物園に対して肯定的な市民はもちろん、否定的な市民も、まずは気軽に動物園を体験してもらいたいとの思いからの施策だ。2008年から価格を抑えたことによって市民の来園者はどう変化したのだろうか。
「(今年度に関しては)去年より市民料金での来場者数は4,000人くらい減っているんですよね。『やっぱり混んでいるんでしょ。50周年でイベントやって』そんな声が聞かれる。すごく観光場所というイメージがついてしまっている。本州からお客さんがやってきたから連れて行ってあげる場所になっているんですよ。自分のためにふらっと来る場所じゃなくて、連れてくる場所。地元に根を張った動物園としての顔と、海外の人までこんなにたくさんの人が来るようになった動物園としての顔と、どう両立させていくかがすごく難しいなと思います」。(坂東園長)

旭山動物園は市民にとってインフラに相当するレベルまで動物園の価値を高めることができるのだろうか。そのための動力となる情熱が一体どのくらい隠されているのだろうか。

第3回~最終回~ 優しい人を育てる動物園へ続く

王麗華(おう れいか)
1978年、愛知県生まれ。幼少期を自然豊かな北海道で過ごす。大学卒業後、地方局のアナウンサーとしてニュース・情報・エンターテインメント・天気番組を担当する。その後フリーランスで在京キー局の番組に携わったのちに、国会議員秘書に転身。結婚、出産、子育てとライフスタイルの変化に合わせてキャリア(いわゆるジャングルジムキャリア)を積む。一般社団法 次世代価値コンソーシアム代表理事。

編集:石原智:一般社団法人次世代価値コンソーシアム

掲載2018年3月

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