動物園の存続条件を考える~天王寺動物園が伝えたいこと~

家族連れの楽しい笑い声があちらこちらから聞こえてくる天王寺動物園。その動物園の一角にある資料室で、うっすらと涙を浮かべながら動物の剥製を熱心にカメラで撮っている高齢の女性の姿があった。昨年の夏、天王寺動物園で開催された企画展「戦時中の動物園」での光景である。平成18年から続くこの企画は、今年の夏も当然のように始まった。戦争の記憶が語り継がれる機会が年々減っている今日、粛々と戦時中の動物園の様子を伝える企画展の開催を重ねる天王寺動物園の思いに迫った。

(撮影:樋宮純一)

ディープな下町の動物園

2018年8月16日、御堂筋線の動物園前駅を降りて、飲み屋が連なるジャンジャン横丁に入ると、そこには串カツ屋が連なっていて、朝から酒を飲む大人たちの姿が目に入る。趣のある喫茶店や将棋クラブ、ビリケン像などを横目に、まるで昭和の時代に戻ったかのような錯覚に陥りながらも通りを突き抜け角を曲がると、天王寺動物園入口が現れた。

繁華街の先に見える天王寺動物園の入り口(撮影:樋宮純一)

園内に入ると、やはり動物園ということで子ども連れは多い。だが、大人同士の来園客も同じように多いことに気が付いた。ゾウ舎に足を運ぶと、中から年配の男性が二人出てきて「ゾウ、みたかった~」と残念そうに話していた。ゾウ舎の中を覗くと、たしかに生きたゾウの姿はなく、骨格標本が展示されていた。天王寺動物園で飼育していた最後の1頭のゾウは1月に亡くなっていたのだ。

静寂に包まれたゾウ舎(撮影:樋宮純一)

「コアラ、おった!!」。その声の主が指さす方へ顔を上げると、枝の間に腰掛けるようにしてコアラが背を向けていた。コアラの顔が見たくて、少しの間じっと待ってみたがジリジリと肌が焼けるような暑さに負けてその場を後にした。

木の枝に腰掛けているコアラ(撮影:樋宮純一)

動かぬ動物たちからのメッセージ

屋外の動物たちを見ながら園内を歩き回っていると、園内の一角に展示資料室があり、「戦時中の動物園」企画展が開催されていた。クーラーの涼を求めて中に入ってみる。

「動物園に遊びに来ていて、ちょうど企画展が開催されていたから入って来た。動物たちが可哀相だと思った」と入口にいた16歳の女の子二人組が言った。

資料室では戦時中の動物園の様子や、やむなく殺処分された動物たちがいたことを伝える紙芝居が上演されていた。お父さんの膝の上で紙芝居を見ていた小さな男の子が「お父さん、(動物たちが)かわいそうだね」とささやいていた。

(撮影:樋宮純一)

紙芝居用の客席の周りには、第二次世界大戦時に殺処分された動物たちの剥製が展示されていた。その中で、剥製を見つめる一人の高齢の女性の姿が気になり、声をかけた。

「私は昭和19年生まれ。ちょうど終戦の1年前に生まれたんです。大阪に住んでいるのでこの動物園には何度も来ているけれど、この戦時中の動物たちを展示している企画展は今年初めて知って、今日はこの企画展のために来ました。戦争のせいで、動物たちがこんなふうに犠牲になっていたなんて・・・」と涙を浮かべながら話してくれた。

(撮影:樋宮純一)

企画展にかける思い

企画展に足を運んだ来園者は、それぞれ何かを感じ取っているようだった。動物園側は、どのような思いでこの企画展を開催しているのだろうか。天王寺動物園の牧慎一郎園長に話を伺った。

(撮影:樋宮純一)

「動物処分自体は上野や名古屋でもありました。公立の動物園のほとんどで行われたんです。処分した個体が剥製というかたちで残されたことが、天王寺動物園の特徴です。ライオンやヒョウやクマやハイエナなどが剥製として残っています。その詰め物には昭和18年の当時の新聞などが利用されていました。推測でしかありませんが、当時の動物園の方たちが物のない時代にあえて残したというのは、なんとか後世に残したいという気持ちがあったのだろうと思います」

企画展は平成18年にスタートした。ちょうどその頃に、剥製を含めた貴重な資料の活用について検討が始まっていたことと、猛獣処分の歴史や戦争の歴史を伝え、平和を訴えていきたいという職員たちの思いが重なった結果だった。

「この企画は動物園の職員が一丸となってスタートできた企画だったようです。世代がどんどん代わって戦争の記憶が薄れてきていますが、続けるべきもの、伝えるべきものとして、企画展を続けています。企画展は好評で、この夏の時期の恒例行事ともなりました。展示自体は毎年ちょっとずつ変えているんですよ。周辺情報を盛り込んだり、標本について詳しく調べていく中で新たな発見があったりします。剥製の出来としては、それほど良いものではないと思いますが、もののない時代につくった剥製であり、メッセージ性はとてもあります。剥製となった動物たちは、生きてないけれど生き証人とも言えますから」

(撮影:樋宮純一)
天王寺動物園提供データよりグラフを作成

「ちょうどここ3年くらいは、企画展の開催時期でもあるお盆の時期にあわせてナイトズーを開催しており、気軽に動物園を楽しもうと思って来ている方たちが『部屋で何かやっている。涼しいだろうから、入ってみようか』と寄ってくださるのです。おかげで『戦時中の動物園』は毎年約2万人の来場者数があり、多くのお客様にご覧いただけています。企画展へ足を運ぶきっかけは、ナイトズーのようなライトなレジャー目的で構わないと思っています」

(撮影:樋宮純一)

平和の象徴としての動物園

2018年8月に天王寺動物園は教育ポリシーを策定し、公表した。動物園には4つの目的、レクリエーション、教育、種の保存、調査・研究があるが、レクリエーションとしての機能だけが注目されてしまうという。

「動物園は博物館の一種であることをご存知でしょうか?動物園も教育活動を行う機関として、教育活動を行っていますが、一般的にはあまり認識されていないのが現状です。博物館としての活動をより推し進めるために、当園の活動の中に教育活動を明確に位置付けて、当園の教育ポリシーを策定しました。

この教育ポリシーには、当園が力を入れていくテーマとして、生物多様性保全教育などとともに、国際理解教育や平和教育を明記しました。平和じゃないと動物園はやっていけません。危機的状況になった時には、最初になくなる場所なんです。例えば、人の食べ物がなくて苦しい時に他の動物を養うことなんて許されません。イラク戦争の際、バグダッドにある動物園では獣舎が破壊されたり、混乱で餌もやれないような状況だったそうです。戦争のような厳しい状況になればなるほど、動物園は存続を許されません。つまり、平和であることが、動物園の存在の前提なんですよね」

(撮影:樋宮純一)

天王寺動物園が目指すもの

過去の経験を学びに変えて未来を見つめようとする天王寺動物園は、今後どのような動物園になっていくのだろうか。

「天王寺動物園は市営の動物園であり、民間と違って意思決定に時間を要してしまうこともありますが、少しずつ変えていきたいと思っていることがあります。それは、世界的に一流の動物園を目指すということです。一流の動物園になるためには繁殖や飼育に高い技術をもつことが不可欠です。これからの時代に動物園のコレクションを維持していくためには、他の動物園との繁殖協力が重要になってきていて、国内の動物園との間で繁殖適齢期の動物を移動させて共同繁殖を進めています。しかし、国内のやり取りだけだと、いずれ近親交配で血が濃くなってしまいます。そのため、今後は海外の動物園との間で繁殖協力を行っていく必要があります。このとき、当園が繁殖や飼育技術において高いレベルを保っていないと海外の動物園から相手にされません。技術でも展示でも世界的に認められる一流の動物園を目指すべきであって、単なる地方都市の動物園にとどまっていたら、いずれ縮小していく運命を辿るでしょう。海外とのつながりを持つことで、やっと天王寺動物園のコレクションが維持できるのです」

メガネグマを眺める親子(撮影:樋宮純一)

動物園にとってメインの顧客層である子どもの数が減っているという状況、そして自治体の財政も厳しい状況の中でどうやって生き残り、一流を目指していくのだろうか。

「天王寺動物園では、『コレクションを絞る』ことにしました。2015年8月に公表した天王寺動物園基本構想の中で『コレクション計画』をとりまとめました。このコレクション計画では、全方位的に手を出すのではなく『選択と集中』を進めました。例えば、コアラについては、南方系コアラの国内での繁殖維持の困難さなどを考慮した上で『撤退種』として位置付けました。今後コアラの導入・繁殖には取り組まず、当園に現在いる個体を最後にするということです。

また、大型の霊長類(ゴリラ、オランウータン、チンパンジー)については、コレクション計画においてチンパンジーのみを維持していく方針を定めました。当園ではゴリラやオランウータンを過去に飼育展示していたことがあるものの現在は飼育していない種類で、これらは当園のコレクション計画の対象外としました。ゴリラやオランウータンは日本の動物園全体で見ても繁殖があまり進んでいない種類なので、我々が今からもう一度参入しても、維持していけるとは到底思えないからです。一方で、チンパンジーは国内全体で見れば動物園での飼育個体数が多いので、維持していけるという判断をしています。コレクションの選定については、ドライな判断が結構あるのです」

横になって休むチンパンジー(撮影:樋宮純一)

人間が繁殖や導入をしなければ、動物園の希少動物はいつかいなくなる、それが動物園なのだ。様々な判断を積み重ねたコレクション計画は、施設計画にも反映される。コアラ舎の跡には東南アジアの森をつくり、サルたちのためにサルらしく生きられる環境を作っていくという。

「天王寺動物園のコレクションとして絞り込んだ動物に対しては、しっかりした施設を作っていくことがこれから必要になります。コレクション計画で『推進種』と位置付けたシシオザルについては、東南アジアの森という新しいエリアに今よりも広い飼育展示場を設置する計画を持っています。一方で、推進種を広いエリアに住まわせるとなると、動物園の中のスペースは限られていますから、飼育するサルの種類を減らしていく必要があります。これをわかりやすく説明する時には、『集合住宅に住んでいるサルを、これから一軒家に住ませてあげる』と表現しています」

(撮影:樋宮純一)

設備投資をはじめとするハード部分だけでなく、ソフト部分ももちろん重要だ。天王寺動物園では、毎月様々なイベントを開催している。

「ちょっとしたことを何でもイベントにしています。以前実施した企画を例にすると、動物園でバレンタインの企画を実施したことがあります。当園の女性職員がオスのレッサーパンダにハート形に切ったリンゴを与えるというイベントをやりました。リンゴを与えているだけなのですが、ちょっとした工夫でお客さんに喜んでもらえるんですよね。

些細なことでも動物園に来るきっかけ作りをしたいと思っています。動物園って、小学校低学年くらいまでの子どもが行く場所というイメージを持たれていると思いますが、それってすごくもったいない。僕自身、大人になってからの動物園マニアです。子どもの頃は動物好きではあったけれど、動物園にそれほど興味があったわけではありません。子どもから見れば『ゾウさん、大きいっ!』といったパッと見のインパクトを受ける場所ですが、大人になって生態や形態、分類などの知識を持ってから動物園の展示を見ると今まで以上に色々なことが見えてきます。知識があることで様々な視点から深く楽しめるようになるのです。テーマパークのアトラクションであれば、客が受動的であっても決まったところで楽しみが与えられます。一方で、動物園は動物が相手ですから、誰にでも同じような光景や見せ場を与えることができず効率が悪いかもしれません。ところが、客の側が能動的になった途端に、毎回違う動物たちの様子を探し出して楽しむことができます。能動的なファンにとっては何度来ても楽しめる場所になります。だからこそ、動物園はファン作りが大事になると思っています。動物園の楽しみ方を知ったファンが増えていくと嬉しいなと思います」

最後に聞いてみた。天王寺動物園が未来に残したい価値とは何だろうか。

(撮影:樋宮純一)

「現代はインターネットなどでいつでも動物の画像や映像が見られる時代です。単に動物の情報を伝えるだけならば動物園に行く必要はありません。しかし、インターネットなどメディアで代替できないのが『リアル』や『ライブ』だと思っています。目の前に実物の動物がいるというのが動物園の強みです。だからこそ、動物たちの『ライブ』を伝える動物園そのものを未来に残したいですね」

(撮影:樋宮純一)

取材・執筆・構成:王麗華/一般社団法 次世代価値コンソーシアム代表理事

撮影:樋宮純一/フォトグラファー
長野県生まれ。第一企画 写真部などを経て独立。人物から建築、料理、商品まで幅広く撮影を手がける。

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