レモンでつながる小児がん医療支援の輪~日本でも広がりつつあるレモネードスタンド活動とは ~

『アレックス・レモネード・スタンド』という物語がある。これは、小児がんと闘っていたアメリカの4歳の少女、アレックスちゃんが「自分と同じような病気の子どもたちを救いたい」と、自宅の庭にレモネードスタンドを開いて、お金を稼いで病院に寄付するという活動をまとめた実話である。全米で共感を呼び、今ではアメリカの子どもたちにとってレモネードスタンドは定番のお小遣い稼ぎだけでなく、社会貢献活動としても広まっている。そして、この活動が日本でも広がりつつあるという。


子ども達による子ども達のための社会貢献活動

(撮影:王麗華)

「レモネードはいかがですか、小児がん支援にご協力お願いします」。8月上旬に渋谷区の商店街で開かれた納涼祭りの中、行きかう人々に声をかける中学生の姿があった。

中学1年生の奥畑京志郎(おくはた きょうしろう)さんは、小学6年生だった昨年に初めてレモネードスタンドに挑戦したという。きっかけは、子ども歌舞伎のために伸ばしていた髪をヘアードネーション(髪の毛の寄付)したことから小児がんへの関心が高まり、さらに小児がん患者の子ども達と実際に交流する中で、小児がん医療には髪の毛だけでなくお金も必要であるということを知ったからだ。レモネードスタンド活動を通して寄付ができることを知った京志郎さんは、昨年の夏、京志郎さんの母であるゆかりさんの協力を得ながらレモネードスタンドを成功させ、29,600円を寄付することができた。今年は昨年の経験を活かし、レモネード作りに工夫を凝らしたり、レモン型の募金箱も自作したりした。

「(お祭りにあわせて開催しているため)レモネードスタンドの時間は、夕方4時から夜9時までと長く大変だけれど、レモネードを買ってもらうことで一人でも多くの子ども達を助けることにつなげたい」と笑顔で語ってくれた。

(撮影:王麗華)

活動をサポートする理由

日本には、この小児がん支援のためのレモネードスタンド活動をサポートしている団体がある。レモネードスタンド普及協会だ。日本の小児がん治療の現状を知ってほしい、支援の輪を広げていきたいと、その先頭に立って活動している、代表理事の武田吏加(たけだ りか)さんにお話を伺った。

(撮影:樋宮純一)

――レモネードスタンド活動のサポートを始めたきっかけは何だったのでしょうか

「2009年当時、株式会社ポッカコーポレーション(現:ポッカサッポロフード&ビバレッジ株式会社)でレモンドリンクの商品開発とマーケティングに私が携わっていまして、ちょうどその時に、国立がんセンター小児腫瘍科の先生からレモネードスタンド活動に支援いただけないかというお電話があったのです。ただ、小児がん支援のレモネードスタンドという存在自体をその時知らなくて、『それがどういうものなのか教えてください』と、活動の内容をお聞きすることから始まりました。

先生から説明いただいたお話の中で一番衝撃的だったのは、小児がん医療のための国や、製薬会社さんからの支援などが圧倒的に不足していて、世界的にみてもとても遅れているという現状でした。そこで、『次世代を担う子どもたちの命に関わることなのに、このままでいいのか。私たちにもできることがあるのでは』と、まずはレモン果汁の提供から始めさせていただきました。

その後、2016年にレモネードスタンド活動そのものをもっと広めていこうということで、レモネードスタンド普及協会を立ち上げました」

――医療先進国の日本で、小児がんの分野が遅れてしまっているのはどうしてでしょうか

「大人のがんに比べて患者数が少ないこと、子どもは体が小さいので発見した時には進行している場合があること、小児がんの薬や治療に対する国の支援が少ないなどとお聞きしています」

――少子化の中、子どもたちの存在は、日本の未来そのものですよね

「その通りです。小児がん医療の現状を知っていくと同時に、たとえ患者数が少なくても、未来ある子どもたちの命を一人でも多く救いたいという思いが強く芽生えました」

共感から広がった活動

――活動を始められた当初、社内の理解は抵抗なく得られましたか

「まず、私自身が知らなかったように、社内でも、日本の小児がんの現状やレモネードスタンドの存在を知る人がいなかったということで、理解は得られても協力者を増やすことに時間はかかりました。それから企業では、『これを支援したら、こちらも支援しなくてはいけないのではないか』『なぜ小児がんなのか』といった議論もあります。それに、レモン自体は直接病気を治すものではないので、レモンで支援するということの分かりにくさもありました。本格的にやるには、そういう様々な声が出ることを覚悟して、『それでもこれをやるんだ』という熱意と周囲へ説明を重ね理解を得ていくことが必要でした」

(撮影:樋宮純一)

――具体的に、どのように活動を広げていったのでしょうか

「レモンは、アメリカでは身近で安く手に入るものですけれど、日本では比較的高価なものですよね。そこでまずは2010年に、レモネードスタンド活動に必要なレモン果汁の無償提供からスタートしました。小児がん支援のレモネードスタンド普及については、アレックスちゃんの物語を知らない人たちに『レモネードスタンド』と『小児がん支援』を理解してもらうことは難しく、活動の広がりは限定的でした。アレックスちゃんの物語を知って私もやりたいと毎年やってくれていた方がいたのですが、仲間を集めるのが難しいとお話をされていました。過去に2度ほど日本のテレビ番組でアレックスちゃんの物語がドキュメンタリーで取り上げられたのですが、その直後は急激にレモネードスタンドを行う人が増えるのですが、時間が経つにつれて活動数はだんだん減っていくという流れでした。

そんな中、中学や高校の英語の教科書に、アレックスちゃんのレモネードスタンドの話が使われるようになったことで、学生さんたちがアレックスちゃんに共感して『やってみたい』と活動が広がりはじめました。レモネードスタンド普及協会を立ち上げたのも『レモネードスタント』と『小児がん支援』の輪を広げるためで、ホームページやDVDを配布したりしながら小児がん支援をレモネードスタンドでできることを広く伝えることを重点的にやっています」

(撮影:樋宮純一)

――2013年には年間10件だった活動が、2018年には200件にまで広がっているということですが、その一番の原動力は、中高生などの若い世代ということでしょうか

「そうですね。急速に増えているのは、中学や高校、大学の文化祭などですね。私自身、そういう若い方たちと接して驚くのは、ボランティア活動や社会貢献に対する意識がとても高いということです。そういう子たちが、レモネードスタンドを知って『自分たちの未来のことでもあるから、なんとかしたい』と仲間を集めて、リーダーシップや行動力を持って様々なハードルを突破していく。

それとリピート率が高いことです。都内のある高校では、先輩たちから引き継ぎながら5、6年レモネードスタンド活動が続いているところもありますし、一度文化祭でやったのを機に、次は別のイベントでもやってみようとなる学生さんもいらっしゃいます。

毎回、レポートをいただいているのですが、『もっとこうすればたくさんのレモネードを売れたのではないか』とか、『レモネードを売るだけになってしまい、小児がんについて知ってもらうことがあまりできなかったから、次はもっとこうしたい』という反省があったりします。あるいは、一回目がうまくいった場合は、成功体験となって『またやりたい』という気持ちにつながるようです。自分たちの活動がみんなを笑顔にしているという喜びが、もう一回やろう、また次もやろうという気持ちにさせているみたいですね」

奥畑京志郎さんが小学6年生の時に活動をまとめたレポート (撮影:王麗華)

――教育現場が大きな原動力となっているということですが、教育プログラムとしてのレモネードスタンドにはどういった意義があると思いますか

「もともとレモネードスタンド自体が、職業体験としてアメリカで生まれたというのもありまして、何を準備して、何をいくらで売ってという学びや、レモネードを美味しくするにはどうしたらいいかという調理体験的な側面や、食品衛生面の勉強にもなりますので、社会貢献という側面以外にも様々な学びの場につながっていると実感しています」

――中高生などにはだいぶ広がってきているようですが、わずか4歳でレモネードスタンドを始めたアレックスちゃんのように、もう少し小さな子どもたちの間での広がりはどうでしょうか

「そうですね、お問い合わせなど増えてはきているのですが、小学生以下の子ども達などにはまだハードルが高いのが現状です。地域の保健所の許可を取る必要があったりと手軽に実施できない事情もあります。この点については食品メーカーとして、衛生マニュアルを配布したりすることでサポートをしています。

活動への理解は、小児がんを経験された方との接点を持つことでも変わってくると思っています。経験者の方とお話しをして理解し、自分事化できるようになれば、小児がんに対する意識が変わってくると思います」

――レモネードスタンド活動の広がりに対して、医療現場の先生方の反応はいかがですか

「寄付先の一つであるJCCG(日本小児がん研究グループ)が2014年に発足したことは、一つの大きな転換点となりました。

JCCGでは、全国の先生方が一つになって頑張っていらっしゃいます。全国で200ほどの小児病院をまとめて一つの病院と見立てて、診断や治療を共有し、子ども達のこれからの長い人生を不安なく、どこでも安心して治療を受けられるような体制の構築を進めています。

現場の先生方というのは、日々小さい命と向き合う中で、助けられなかった命がたくさんあって、そのことをずっと心に抱えながらまた次の子どもたちに向き合うという、医療技術だけではなく、精神的にも私たちには推し量れないものを抱えていらっしゃる。様々な葛藤の中で、中学生や高校生など若い世代を中心に世の中に支援の輪が広がり始めているというのが、先生方には力になっているようです」

(撮影:樋宮純一)

――寄付されたお金でできることは、具体的にどのようなことでしょうか

「たとえば、今、寄付先の一つであるJCCGでは日本で小児がんを治療している約200の病院が参画していて、データベースには、小児がんの患者さんのすべてのデータが蓄積されていきます。このがんのケースではどんな治療法が良かったか、どういった治療法は効果が見られなかったか、といった、さまざまな情報が共有され、別の患者さんの治療にも活かされていきます。遺伝子レベルで原因がわかれば、小児がんの予防法の発見につながる可能性もあるかもしれません。小児がんは専門家医が少ないため、全国で別々にわかれていたデータベースを一本化するのにお金がかかります。そして、患者さんのデータを生涯にわたって維持することや、薬の開発や遺伝子の解析などにも、たくさんのお金が必要になります。レモネードスタンド活動を通じて寄せられたお金は、JCCGへ寄付し、小児がん治療開発のために使われます。そして、これらのことをたくさんの人に知ってもらうことも、レモネードスタンド活動の大切な目的だと考えています」

――若い人たちを中心に広がりをみせているレモネードスタンドですが、今後ますます広げていくためにどんな取り組みをお考えですか

「レモネードスタンド普及協会では、今年6月に日本で初めてレモネードスタンドの日というのを決めて、恵比寿ガーデンプレイスでイベントを開催したのですが、そういったイベントのサポートをどんどんしていきたいですね」

――今後の目標はありますか

「レモネードスタンド活動は、2013年には年間10件程だったものが2018年には年間約200件と大きく広がってきています。それでも、まだ知る人ぞ知る活動だと思います。実質的な治療開発の予算として役に立つという側面もありますが、小児がんの環境を変えるところまでにはもっと大きなお金が必要になります。そして街のどこかで目に触れるくらい、支援の輪が広がることを目指しています」

(撮影:樋宮純一)

――武田さんご自身がこの活動をしていて、やりがいや幸せを感じるのはどういう瞬間ですか

「小児がん医療の現状を知って、何とか変えたい、少しでも力になりたいと始めたことですが、少しずつ小児がんについての理解が広がっているという実感があり、これまでやってきてよかったなと思います。また先生方、経験者や患者さん、ご家族などから、一緒にレモネードスタンドを広めていこうというお声をいただいたりするととてもうれしくなります」

――武田さんご自身が目指す方向はありますか

「小児がんの現状を多くの方に知ってもらいたい。そして、一人でも多くの命が助かり、その後の人生が豊かである世の中になるよう、支援の輪が広がってほしい。そのために出来ることを自分なりに探して、続けていけたらと思っています」

(撮影:樋宮純一)

アメリカの一人の女の子から始まった小さな活動が、海を越えて日本でも着実に広がっていることを取材を通して実感した。京志郎さんから受け取った一杯のレモネード。その甘酸っぱいレモネードには、小児がんと闘う子ども達やその家族、医師、そして小児がん医療の発展を願う人々の思いが詰まっていた。小児がん医療への金銭的な支援、そして支援が必要なことを一人でも多くの人に知ってもらうこと。この二つの使命を背負ったレモネードスタンドがさらに広がって、子ども達の笑顔が増えることを願って止まない。

(撮影:王麗華)

取材・執筆:松岡みゆき/フリーアナウンサー
富山テレビアナウンサーから、フリーアナウンサーへ。現在は、キャスター、ブライダル司会、ライターなど幅広く活動する。出演番組は、めざましテレビ、スーパーニュース、スーパーJチャンネル、J-WAVEアナウンサーなど多数。AFPファイナンシャルプランナーとして、投資座談会の司会や、マネーコラムの執筆などにも携わる。

撮影: 樋宮純一/フォトグラファー
長野県生まれ。第一企画 写真部などを経て独立。人物から建築、料理、商品まで幅広く撮影を手がける。

取材・構成:王麗華/一般社団法 次世代価値コンソーシアム代表理事

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