雪の中の動物園、あのブームの後で~旭山動物園のさらなる挑戦~  第1回

昨年6月に誕生したジャイアントパンダのシャンシャン。上野動物園には常に注目が集まっている。そんなアイドル的な動物がいるわけではないが、独自の展示方法で注目を集め、一時は上野動物園を抜いて全国トップの入場者数を記録した旭山動物園。かつて入園者数が年間300万人という大ブームを経験。今では入園者数は全国4位だが、上位は東京、名古屋、大阪の大都市圏だ。開園50周年という節目を迎えた旭山動物園がこれから先の未来に描く動物園の姿とはどんなものなのだろうか。現地に足を運んでみた。

インバウンドに沸く園内

巨大プールの中を泳ぐホッキョクグマ (撮影:王麗華)

「看看,北极熊」「好大呀!」。若いカップルが、巨大プールの中を泳ぐホッキョクグマを見て歓声を上げた。園内のあちこちから中国語が聞こえ、英語や他の外国語も飛び交う。1月4日、北海道旭川市。雪の積もる旭山動物園は半分以上が外国人観光客だった。

15年程前、自然な動物の姿が見られる「行動展示」で話題になった旭山動物園。2004年の7月と8月については上野動物園の入園者数を抜いて日本一になったことが話題になった。さらに、2007年の入場者数は当時36万人弱の旭川市人口の約8倍となる307万人にまで上った。その時のブームが一段落した一方、インバウンド客が増え激変する環境。現在の園内を歩いてみた。

園内のゴミ箱は4言語で分別表示されている(撮影:王麗華)

園内のゴミ箱には日本語、英語、中国語、韓国語の案内表示。国や地域で千差万別のゴミ分別は、目につきやすいだけに“文化摩擦”の火種になりやすい。ルールは守られているのだろうか。近くにいた園内のスタッフに聞いてみた。「日本人でも、外国人でもルールを守れない人はいるけれど、ほとんどの人がゴミ箱の前で立ち止まって、分別の案内を見て捨ててくれていますよ」。

そう話してくれたこの女性スタッフは、海外からの来園客に片言の日本語で落とし物がないか尋ねられ、丁寧に対応を始めた。

外国人観光客の対応をするスタッフ(撮影:王麗華)

訪日外国人の来道者数は伸び続けており、旭川市内の外国人宿泊延数についても同様に伸び続けている。旭川市経済観光部ではアジア圏を中心に毎年5、6か国を訪問しセミナーやイベントを開催して旭川の魅力を伝え観光客誘致への努力を続けているという。

訪日外国人来道者数(実人数)の推移(北海道経済部観光局)、
旭川市観光入込客数年度別一覧(旭川市経済観光部観光課)のデータよりグラフを作成

伝えなければ伝わらないという意識

園長室で語る坂東園長 (撮影:白川裕将)

「日本なんだから、日本語だけでもいいじゃないかって考えたこともありました。でも、英語や中国語など、スタッフもいくつか単語やフレーズを覚えてお客さんに園内でのマナーなどを伝えるようにしたんです。そしたら、変わりましたよ。旭山動物園の特徴は動物との身近さ。触れるところに動物たちがいるんですけど、触っちゃいけない。それは、きちんと伝えないとわかってもらえないんですよね。当たり前のことなんですが。伝わる言葉で伝えたら、マナーを守って動物たちを見てくれるようになった」。坂東園長はそう言った。

この時期、ペンギンの散歩は1日に2回行われる (撮影:白川裕将)

冬の旭山動物園の一番人気はペンギンの散歩だ。

観客とペンギンたちを隔てる、たった1本の赤いライン (撮影:王麗華)

ペンギンたちが通る500メートル程のコースと来園者が見物する場所を隔てる一本の赤いライン。手を伸ばせばすぐに届く範囲にペンギンたちがやってくるが、動物たちは触られることを望んでいない。人がルールを守らなければならない。

ペンギンの散歩を見る際の注意事項が多言語で書かれている (撮影:王麗華)

多言語で注意事項を記載した立て看板が数メートルごとに設置されている。ペンギンたちの前後にはスタッフが歩き、うっかりコースに入ってしまっている来園者に日本語や英語で直接伝える。注意だけでなく、ペンギンに関する質問が飛べばスタッフは丁寧に答える。そんなコミュニケーションもみられた。
節度を持つことで縮めることができた動物との距離。それを支えるスタッフとのコミュニケーション。ブームが去ってもこの動物園の根幹の部分は変わっていないようだ。

迎える準備

深く積もった雪の中、ベビーカーを押す姿がみられた (撮影:王麗華)

雪の中わざわざ来てくれる来園者への気遣いは声がけだけではない。台湾やシンガポール、マレーシアなどの南国からだけではなく、国内の他県からも雪に慣れていない人たちが多くやってくる。

途中で押せなくなったベビーカーが案内所の入り口に置かれていた (撮影:王麗華)

そのため、地元の人にはありえない、雪の中のベビーカーの利用に園内のスタッフは困惑する。

「園内にベビーカーを持ち込んだものの、『この雪道じゃムリ』と、ここに置いて行ってしまう方がいるんですよね。預り所ではないのですが、仕方ありませんよね」。
観光情報センターの入り口に並んだベビーカーを眺めながらスタッフがつぶやいた。

園内マップに大きく書かれている「転倒に注意!」の文字 (撮影:王麗華)

また、動物に夢中で自分達の足元が凍っていることを忘れてしまう人も。
「冬の旭山動物園は転倒するお客様がやっぱり多いですよ。そのため、園内のガイドマップにも大きく転倒注意と書いていますが」広報担当の加藤明久さんが話してくれた。

すべり止めに撒かれている砂利 (撮影:王麗華)

あらためて園内を見回してみると園内のあちらこちらに滑り止めの砂利が撒かれている。特に重点的に砂利が撒かれているのは獣舎の出口だ。「冬季は毎日、足元が滑る場所を現場確認しながら撒いています」(加藤さん)。

大量の砂利が積み上げられ準備されている (撮影:王麗華)

冬期に撒く砂利の量は30トンにもなるという。ワンシーズンでかかる費用は約99万円とのこと。

淡々と雪かきを続ける年配のスタッフ (撮影:王麗華)

ヤギのいるこども牧場の前で腰を曲げながら雪かきをしているスタッフがいた。「旭山動物園は雪かきが大変ですね」と声をかけた。「雪が降れば一日に何度でも雪かきしますよ。そりゃ、大変だけど、みんな雪があるから旭山に来てくれるのでしょ。雪の中で動物が見られるところ、他にないから」そう言いながら淡々と雪かきを続けていた。

動物達の慰霊碑の周りも除雪されていた (撮影:王麗華)

こども牧場から少し歩いたところに、亡くなった動物達を供養する慰霊碑を見つけた。この場所で足を止める来園者はいなかったが、いつでもだれでも足を運べるように、慰霊碑の前はきれいに除雪されていた。

観光情報センターにはボランティアが待機している (撮影:王麗華)

人気のあざらし館とぺんぎん館の間に観光情報センターがある。常時ボランティアスタッフが待機し、旭山動物園の案内はもちろんだが、旭川市内の観光情報の提供など幅広い活動をしている。あるスタッフが言った。「外国のお客様も多様化しています。ついさっきは『ベジタリアンなのでどこで何を食べたらいいか教えてもらいたい』と聞かれたのですが、お魚も召し上がらない方で何をオススメしたらいいのか答えかねてしまいました。あとで、園内のパン屋があったと気づいたのですが。普段想定していないような質問にも答えられるようにしていかなければと思いました」。

雪が珍しいのか、はしゃぐ外国人観光客 (撮影:王麗華)

現在、旭川市内で建設中のホテルが数件ある。今後もさらに観光客の増加を期待していることがうかがえる。
「冬場は特に海外の方が多い。今年の来園者は150万人切るか切らないか。正確な統計をとっているわけではないが、20万人は海外の人という感じ。フィリピンやタイ、シンガポールと広がってきている。国際的な感覚の中では、旭山動物園はまだまだこれから伸びる余地がある」(坂東園長)。

動物園の本来の役割は来園者に動物を見せて楽しませるのではなく、zoological gardenとして動物学に直接触れる場であり、さらには環境問題を提起する場でもある。「例えば、暖かい国の人たちは温暖化の問題がピンとこないと思う。それを旭山動物園で実感してもらえば、(環境問題についての)メッセージを発信できる。雪の中で輝く命がある。うちだから伝えられるものがある」と坂東園長の熱意が伝わる。15年前の「旭山ブーム」の仕掛け人であり、その後もここで園長を続け、日本の動物園のキーマンであり続けた人。現在の「インバウンドブーム」を一時の追い風としてではなく、海外からの来園者に日本の動物園としての価値を発信する場だととらえている。

雪の中で動物たちが魅せる表情がある (撮影:王麗華)

日本最北端にある動物園。立地の悪条件にありながら、日本を代表する動物園としてだけでなく、訪日外国人からの人気上位を誇る観光スポット。脚光を浴び地域の観光を背負う一方で、地元の反応は必ずしも好意的ではないという。
「今、本当に財政が厳しくいろいろな福祉だとかが引き算に入ってきて、それで『人間がこんなに困っているときに、なんで動物園に予算を組むんだ』という人たちが当然いる。その気持ちもわかりますよね。だから、その中でもそういう人たちにどう共感してもらえるかを考えていかなければいけない。変なもの背負っちゃいましたよ、うちらは。これから市内にまだいっぱいホテルができますが、ホテルのために来る人なんていないわけで」と坂東園長がつぶやいた。

動物だけでなく周囲の様子を確認する坂東園長 (撮影:王麗華)

地域の人々にどう共感してもらうか、自治体によって整備運営されている動物園にとってはおそらく共通の課題であろう。
「地域住民に理解される公共動物園」。どのような課題と対応がなされているのだろうか。

第2回「動物園は誰が為に」

王麗華(おう れいか)
1978年、愛知県生まれ。幼少期を自然豊かな北海道で過ごす。大学卒業後、地方局のアナウンサーとしてニュース・情報・エンターテインメント・天気番組を担当する。その後フリーランスで在京キー局の番組に携わったのちに、国会議員秘書に転身。結婚、出産、子育てとライフスタイルの変化に合わせてキャリア(いわゆるジャングルジムキャリア)を積む。一般社団法 次世代価値コンソーシアム代表理事。

 

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