【連載】絵本で酔う 絵本作家・長田真作 〜第4回 共振する鼓動〜(最終回)

2016年2月に『あおいカエル』でデビューした長田真作。3年後の2019年2月には出版された作品が20点を超え、ますます加速するペースに本人も「今が一番多産じゃないかな」と笑う。すでに足掛け1年アトリエに通う私(著者)は、訪れるたびにこのフレーズを耳に、自信にみなぎる長田の表情を目にしてきた。

若手絵本作家としての認知を高めつつも、力みはいっさいなく、いたって飄々と日々を過ごしているように映る。

そして、活動領域は絵本にとどまらず、各界へと拡張している。

連載最終回となる当記事では、同時代を生きるアーティストや表現者たちの視点での「長田真作」に追った。

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絵本もファッションも超えたところでの挑戦 —— デザイナー・西田大介

東京西部に位置する調布市。京王線・八幡山駅構内に白ペンキで塗られたレトロなテナントがある。扉を開けると多くの衣服が視界に入る。パリの蚤の市で購入したというアンドレアス・ヴェサリウスの描いた人体原画が壁面に掛けられた異様な空間で迎えてくれたのがファッションブランドDEVOAの創業者兼デザイナー西田大介だ。

長田真作。このシャツは、自らが描いたDEVOAとのコラボ作品 
(写真提供:尾道映画祭実行委員会

DEVOAでは、長田とのコラボでのファッションを発表している
西田は、レスリング選手、スポーツインストラクター、メディカルトレーナーを経てアパレルの世界に転身してきた異色の経歴の持ち主であり、当時から研究し続けてきた筋肉や骨格など人体構造の理解を洋服づくりのベースに置いている。理想の洋服の姿を追う過程で昆虫の体型からもヒントを得て仮説を打ち立てるなど、その姿勢はむしろ研究者に近い。

『DEVOA Exhibition -仮説- in Kyoto Gallery SUGATA』で展示された長田真作の絵画作品「Neo Definition」 (撮影:岩辺智博)

2018年8月に約1ヶ月間京都の然花抄院内で開催された『DEVOA Exhibition -仮説- in Kyoto Gallery SUGATA』には長田の絵画作品「Neo Definition」も展示された。起伏のある手漉き和紙に描かれる濃淡のある影がこちらの目線を捉える。絵本とは一味違った表現のかたち。

西田大介とは、長田の上京時からの友人である俳優・満島真之介をきっかけに知り合った。分野を異にする創作者同士の共演の背景について、西田に尋ねた。

「絵本作品を見て彼(長田)を展示会に誘ったわけではありません。彼は良い意味で絵本に囚われていなくて、広い創作感を持っているところに共感しました。展示会では商品としてのファッションを超えたところでの挑戦をしたいと考えています。それならば表現者として、自分のジャンルを超えたところで何か人の心に届くものをつくってみようということになりました」(西田)

『DEVOA Exhibition -仮説- in Kyoto Gallery SUGATA』にて(撮影:岩辺智博)

西田は、11年に渡って展示会を開催しているパリをはじめ、ベルリンや上海でも個展を開いている。2019年にはバンクーバーでの開催も予定しており、そこで長田との共演も画策しているという。

「歳は離れていますけど、哲学がしっかりしていてお互いに変に気を使うこともないです。良い仲間ですよ」(西田)

長田が美大や専門学校で絵を学んでこなかったのと同じように、西田も服飾やファッションを専門教育機関で学んでいない。困難は少なくなかったが、誰の追随をすることもなく歩んできた経路そのものが、彼ら二人の「哲学」の形成に大きく寄与しているところは一致している。

『ヒミツのトビラ』を開いてありのままの個を表現——振付家・香瑠鼓

俳優の満島やデザイナーの西田は、まず「長田真作」という人物そのものと親交を深め、その後、リアルな活動や作品作りでのコラボレーションに進んだ。
一方、長田の作品からインスピレーションを得て自身の表現に取り込んでいったアーティストもいる。

振付家・香瑠鼓  (撮影:岩辺智博)

振付家・香瑠鼓。慎吾ママからピコ太郎まで、1300本以上の振り付けを手がける。長野パラリンピック開会式(1998)、東アジア競技大会大阪大会開会式(2001)など大きなイベントでの活躍している。
香瑠鼓のもう一つの顔は、23年間続けているバリアフリーワークショップとその公演活動。障害を持つ人も、そうでない人も、誰もが他人と比べることなく、自由に表現をしながら互いを補い合うことを舞台の上で実現し続けている。

自然界と共振し、即興で自分を表現する「ネイチャー バイブレーション メソッド」を構築し、2000年には社会に有意義な貢献をした女性に贈られるエイボン女性年度賞芸術賞を受賞。

香瑠鼓が興味を惹かれたのは、長田の絵本『ヒミツのトビラ』(高陵社書店)

「この絵本は、シンプルでモノクロな幾何学模様の集合体が描かれています。でも、よく目をこらして見てみると隠された仕掛けが随所にあって、その描かれ方に『人やものごとを違う角度から眺めることで助け合える』という私の追求してきたコンセプトと共通するものを感じました」(香瑠鼓)

『ヒミツのトビラ』(高陵社書店
、2018.6.29発刊 )

『ヒミツのトビラ』は、絵本作家としてデビューする前の長田が、「遊び相手」のアルバイトとして、障害を持った子どもたちと学童保育「わんぱくクラブ」で過ごしている頃に描かれた作品だ。

2019年3月31日、長田の作品を原案として、 香瑠鼓が構成・演出を手がけた舞台「ヒミツのトビラ」が東京・下北沢で上演された。香瑠鼓とパフォーマー、そして障害を持つ子どもたちとその親までが、誰一人として個を全体に埋没させることなく、観客をも巻き込んで「再現性などはなから念頭にない」この一瞬のためのステージを創り上げた。

練習はたったの3ヶ月、全体で合わせたのは6回程度だったという。舞台後の振り返りで自閉症の参加者が「私たちは本番に強いんです」と語ったのが忘れられない。予定調和なしの即興は、パフォーマーの実力が試される場。「正解」のないステージでどう振る舞っていいのか。
香瑠鼓によって実現した『ヒミツのトビラ』は、理屈でなく、作品になることでパフォーマー個々が逃げ込む出口でもあり、解放される入り口を示した。

ステージを終えた後の香瑠鼓と長田真作 (撮影:岩辺智博)

この日の香瑠鼓たちのパフォーマンスを見た長田は、次のように話した。

「頭で捉えようとしたら世情に則った何かに回収されてしまう気がします。みんながそれぞれの『ぼくのこと』(方丈社)をやり続けるしかないんです。そういう意味で今日のステージでは、即興で舞台を創り上げてしまう人間の実力のようなものをまざまざと見せてもらいました」(長田)

同席していた俳優の満島真之介は、「身体の中から湧き出てくる衝動や鼓動を体現できる人は役者にも少ない。今日は座っているのがやっとだった。次は出たい」と役者としての内心を語った。

長田と満島は、それぞれ広島と沖縄から上京したての頃、障害児の学童保育施設「わんぱくクラブ」のアルバイトとして出会った仲でもある。

満島は、長田作品の最大の理解者

舞台後の挨拶では、今回の公演「ヒミツのトビラ」の原案者として長田の名前が誤って読み上げられる一幕も。

しかし、それも本人はポジティブに捉える。

「幸せなことですよ。自分で描いた作品が、作者のもとからしっかり離れて育っているわけだから。こういう広がりと使い勝手の良さが絵本のおもしろいところですね」(長田)

長田の絵本は、説明的に多くを語っていない。だから、読者は想像力を働かせられる。

「アーティスト」「表現者」と呼ばれるような人たちならば、なおさら長田の絵本からインスピレーションを得られるのだろう。

※香瑠鼓が構成・演出を担当する<トビラ>シリーズは2019年9月に第2弾『ミライのトビラ』、12月に第3弾『ツナガルトビラ』を開催予定。

「ヒミツのぬりえ工作☆工場」——広島、岡山へ

絵本市場が黎明期を迎えているベトナムでも、長田作品が出版される予定だ。ベトナムでは今のところ国内に絵本作家が少ないため、絵本の存在を広めるために海外の作品集めに躍起になっている。

高陵社書店 代表取締役 高田信夫(左)と長田 (撮影:岩辺智博)

いくつものプロジェクトが動いているが、とりわけ長田の創作を加速させている出版社について紹介しないわけにはいかない。多くの版元が才能に着目していく中で、一際ひいきなのが高陵社書店だ。香瑠鼓が舞台づくりのインスピレーションを得た『ヒミツのトビラ』の版元でもある。
1948年に創業されて以降、教師向けの教科書や学参書やマナー本など、多彩な分野を企画・出版している。現在は代表取締役の高田信夫ただ一人によって切り盛りされている老舗の出版社だ。

「直感的に長田くんとは何かが始まる気がした」(高田)

2018年7月の『ヒミツのトビラ』に始まり、『はなげおやじ』、『こまった虫歯』、『タイヤさん』のシリーズを2019年3月までに出版。モノトーンベースの哲学的なストーリーである『ヒミツのトビラ』と対照的に、後者シリーズは想像力を膨らませる楽しさを味わえる愉快さがベースにある。作風に幅のある長田の挑戦を一緒に楽しむ高陵社書店との関係は序章にすぎない。

「高田さんとは、おおっぴらに癒着していけたらと思ってます(笑)」(長田)

満島、長田、高陵社書店の高田信夫。「ヒミツのぬりえ工作☆工場」を楽しむ (撮影:岩辺智博)

昨夏には、高田信夫が主体となり、『ぬりえクエスト vol.1』『ぬりえクエスト vol.2』(ともにマール社)と『ヒミツのトビラ』の刊行記念イベントとして「ヒミツのぬりえ工作☆工場」を広島、岡山で開催。デパートや書店計6箇所を3日間かけて回った。工場長の長田に加えてオーナーに高田、助っ人職人として満島が参加。私(著者)も同行した。

各会場では、当初は創作ワークショップの他に、長田、満島、高田によるトークショーが行われる予定だった。しかし、「話している暇はないから」(長田)と、早速創作に取り掛かる3人とそれにつられる子どもたち。

「僕は、『大事なのはそこじゃなくって』ということこそを大事にしたいタイプなんで」(長田)

ヒミツのぬりえ工作☆工場

子どもたちは、ダンボールで大きな扉を作るグループがあれば、一方では無数の落書き用紙に思う存分色を塗っていく。
初めは椅子に座って離れたところから子どもを見守っていた親たちも、次第にフロアにしゃがみ込み、子どもの手助けをしていたと思えば一緒に夢中になっている。どの会場でもこの光景が見られた。
長田たちは、子どもそっちのけで目の前のダンボールや画用紙に集中している。ただ、必要なときには子どもたちをサポートする。
ある会場では、「大人立ち入り禁止」の貼り紙が掲示された。大人の定義は「態度が大きい人」。

まずは自分たちが楽しむ (撮影:岩辺智博)

翌日の会場に向けて満島の運転するレンタカーの車内では、「次は扉にドアノブを付けよう」という会話が繰り広げられていた。盆休みの3日間、幸い会場に「大人」はいなかったらしい。(了)


長田真作、アトリエで(撮影:樋宮純一)

【取材後記】
「言葉では掬えないものを、表現の抽象性をもってして受け手の感性にゆだねる」

取材中に長田さんから聞いた言葉だ。
そうやって、言葉だけではない表現を選択した「絵本作家」について、私が言葉だけで伝えるということ。難しい取材だった。いや、間違いなく楽しい取材だった。ただ文章にすることに難儀した。

文学、哲学に広く深く精通しながら現実世界を嬉々として歩く長田真作という表現者の自在さを、果たしてどこまでそのまま並べられるだろうか。そこに当てはまるかもしれないあらゆる言葉の可能性に思いを巡らせ、無限にも感じられるほど試していく工程であった。

連載の第1回でも触れているように、長田さんは自身の表現手法として絵本を選択してはいるが、本人が好んで摂取するのは文学や落語といった言葉の世界だ。とりわけ、開高健のようにロジカルでありながら気配や肉感を繊細すぎるほど察知してしまう文体を嗜好する。

忘れられない瞬間がある。初めて取材のために訪れた長田さんのアトリエ近くのカフェでお話を聞いていると、親友で俳優の満島真之介さんがやってきた。この二人はとにかくよく喋る。私が一言聞くと、二人から圧倒的な量の言葉が返ってくる。
彼らの言葉の一つ一つが、 私のまとっていた頼りなさと、当時抱えていた仕事で疲弊していた私という存在を貫いていた。

テーブルを挟んで向かい合う同じ歳の2人は、私の3歳上に過ぎない。しかし、人間としての地力の差による、あまりにも大きな隔たりに落胆して帰路についた。「絵本作家」や「俳優」という肩書きにひるんだわけではなく。

その後、私は、長田さんの登壇するイベントに参加したり、その周辺を漂うことで少しずつ輪郭を掴んでいった。今だって輪郭以上のところは分からない。しかし、取材と称してアトリエに足を運び、彼や彼の仲間とおしゃべりをするたびに新たな発見と自分が開拓されていく感覚があった。開高健、ジョージ=オーウェル、ジャック=ロンドン、金子光晴は長田さんをきっかけに手にとり、その魅力を知った著者たちだ(ガルシア=マルケスはまだ難しい)。

連載記事については、受け手としての私の感性に大いに依る記事となった。実際のところ、この絵本作家を客観性をもってして取り上げることは難しいように思える。私自身も出会った以上引き返せない「ヒミツのトビラ」を知ってしまったことで、一定以上の影響を受けることとなった。長田さんや彼に関わりを持つ人たちの間に感じられる「自分を発しながらも、相手の領分には入っていかない」というさっぱりとした朗らかな空気はそのせいだろうか。

平成元年生まれの絵本作家は、これから先も誰かが話題にしたり、世間の注目を集めたるたびに、その中心からすり抜けていく。

「明日、世界が滅びるとしても 今日、あなたはリンゴの木を植える」(開高健)
つまるところ長田真作とはそういう人だ。澄み切った単細胞なのだ。

(岩辺智博)


(撮影:樋宮純一)

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(撮影:樋宮純一)

長田 真作(Nagata,SHINSAKU
1989年、広島県呉市生まれ。2016年、絵本作家デビュー。主な作品に『あおいカエル』(文・石井裕也/リトル・モア)、『タツノオトシゴ』『コビトカバ』(以上、PHP研究所)、『かみをきってよ』(岩崎書店)、『きみょうなこうしん』『みずがあった』『もうひとつのせかい』(以上、現代企画室)、『ぼくのこと』(方丈社)、『風のよりどころ』(国書刊行会)、『すてきなロウソク』(共和国)など。ファッション、映像などとのコラボレーションでも活躍中。

(撮影:樋宮純一)


取材・執筆・撮影:岩辺 智博(Iwanabe,TOMOHIRO)/1993年生まれ。愛知県豊橋市出身。中央大学卒業後、大手旅行代理店、温泉旅館、農家、自動車工場などで働く。その後、フィリピン総合情報サイト『Phil Portal』にてライティング・編集担当。25歳を機にフリーライターに転身。ブログ「さぐりさぐり、めぐりめぐり」運営。Twitter@tomotaro0106

撮影(トップ画像およびクレジット記載のカット):樋宮 純一(Hinomiya,JUNICHI)/フォトグラファー

取材・編集:石原 智

2019年4月10日掲載

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