自信をもたせ、自立につなげる――「福岡わかもの就労支援プロジェクト」 代表・鳥巣正治さん

九州にある「福岡わかもの就労支援プロジェクト」の事務所でのこと。そこに、ひきこもりとなって就労に一歩が踏み出せず、深く悩む若者がいた。彼と対峙しているのは、コーチングを駆使する同プロジェクトの代表・鳥巣正治(とすまさはる)さん。若者と対峙しながら、鳥巣さんは「今の自分は、好きね?」とやさしく問いかける。すぐに返事がなくても根気強く待ち、全身全霊を傾けて心の声を読み取る。出会ってから最初の1時間で若者に信頼してもらう。鳥巣さんは、その1時間に自分の歩んできた全人生をかけていた。

「福岡わかもの就労支援プロジェクト」代表・鳥巣 正治(とす まさはる)さん

若者支援における第三者の必要性

「いきなり未来は変えられると言われても、心には届きません。ひきこもりの若者は、これまで自分の思うように人生を歩めず、生きる自信をなくしている。そこでまず話をとことん聞く所から始めます」(鳥巣さん。以下同)

困りごとを抱える若者は、実の親では支援できない。そこにはコーチという第三者が必要となる。
「コーチは何もアドバイスしません。彼らは自分の中に答えを持っています。それを、引き出すだけで、ほとんどの課題は解決します」と鳥巣さんは語る。

「福岡わかもの就労支援プロジェクト」の目標は、「就労し、自分で生きていく」こと。それまで必要な期間は6ヶ月間。確実に6カ月後に就労まで進めていくために、コーチングの手法と独自の「恩送り」のシステムを駆使する。

一緒に、寄りそって歩いていく

内閣府によれば、若年(15~39歳)の無業者数は2017(平成29)年で71万人。これは同世代の100人に2人の割合となる。また2015(平成27)年調査となるが、15歳~39歳で「ふだんは家にいるが、近所のコンビニなどには出かける」「自室からは出るが、家からは出ない」「自室からほとんど出ない」「ふだんは家にいるが、自分の趣味に関する用事の時だけ外出する」とした、いわゆる「ひきこもり」の推計合計数は、約54万人となっている。

厚生労働省では、就労支援に対してさまざまな施策を打ってきた。たとえば15~39歳を対象に専門的な相談支援、就職後の定着・ステップアップ支援、若年無業者等集中訓練プログラムをする「地域若者サポートステーション」を設け、地方公共団体とも協働している。併せて同省は保健・医療・福祉・教育・雇用といった分野の関係機関とも連携し、ひきこもり専門相談窓口の機能を担う「ひきこもり地域支援センター」も整備している。

しかし、ひきこもりは社会全体の課題であるとともに一人ひとりに背景となる事情が異なり、行政主導の試みでは限界がある。そこで民間の活力ときめの細かい対応が求められ、全国でもさまざまな試みが行われてきた。なかでも就労という点で注目されるのは「福岡わかもの就労支援プロジェクト」の代表である鳥巣さんの実践。

「福岡わかもの就労支援プロジェクト」は、2015年に東京のIT企業を退社した鳥巣代表が、福岡市で起業した。2017年9月には世の中を元気に明るくすることに貢献したユニークな研究や活動、組織、個人にスポットを当てて表彰する日本版イグノーベル賞で「第12回社会部門・勇気をもって一歩踏み出そう賞」を受賞した。

日本版イグノーベル賞授賞式の記念写真

また2018年4月6日にはNHKの『おはようニッポン』のなかでも、やる気を引き出すコーチングで就労支援を続ける同プロジェクトが紹介された。そこで焦点が当てられたのは、鳥巣さんが企業で組織活性化・部下育成のため活用されているコーチングの技法を使っていること、次代に恩を送る「恩送りシステム」を整備して若者を支援していることだった。

もっとも「支援」しているように見られるのは外部からみた場合。鳥巣さんは言う。
「引きこもっている子は、すべてに自信がありません。これを回復させるのはカウンセリングよりコーチングの方が良さそう。コーチは若者の持っている力を引き出すことに集中します。それができれば、あとは自分で進むことができます。その様子をコーチは見守ります。少し後ろから一緒に歩いていく感覚です」

6ヶ月で、就労につなげる

通常、居場所(施設)を利用できないかと考えた両親のどちらかが相談に来る。そこで「任せたい」と思えば、次に、子どもが相談に来る。そこで居場所ができ、通えるようになるうちに、公的機関であるサポートステーションなどにも行けるようになる。そこで少しずつ自信をつけ、やがてハローワークに行き、就労先を探せるようになる。

そのプロセスで、引きこもりが解消されるケースもあるだろう。ただ通常、サポートステーションの活用では、就労という成果を出すまでに2、3年かかることもある。それを鳥巣代表は「6カ月」での解決を目指している。何が違うのだろうか。

「ここでは働くことで引きこもりを終わらせることを目標にしていますが、居場所があるだけでは、まだ不十分。働くなかで、あなたのことが必要だという環境を作ることが重要。あなたのことを必要とする環境ができれば引きこもりを終わらせることができます。今は就労が難しくても、いつかは必要とされる人になれるような就労支援を目指しています」

ここでは居場所はつくらない。目標は就労なのである。外に出るという目標はゴールではなく、就労に向かうための一歩にすぎない。ただ、いきなり就労するのは無理なので、どこからやるか、そのステップを決めていく。たとえば「まず10kmを歩けること」という目標を立てる。次に「ボランティアに参加」という目標を立て、ボランティアができたら次は「短いアルバイトをする」という目標を立てるという。

「私たちは若者と真剣に向き合ってきた経験がベースにあるので、結果に自信があります。そもそも最初の1時間で信頼される自信があります。こちら側の都合で言った言葉は、ぜんぜん響かない。信頼されるため、この人にはウソはつけないと感じされることができるか。ぼくがよく使う言葉は誰の人生かわかっている?という質問。相手の言い方でウソをついているのか、ごまかしているのかわかる。ここではウソは通用しないと肌でわかると信頼関係ができる。情熱も言葉の使い方もぜんぶひっくるめて、一生懸命に向き合います」

悩んでいる若者は、人生経験は少ないかもしれないが、本気で考えてくれる人かどうか、その態度や言い方で感じとる。

コーチングとの出会い

鳥巣さんは、大学卒業後に福岡のIT企業に就職、その後東京の企業に転社。転社先は、機械や製品の設計図を作成するCADソフトを作っている会社で、鳥巣さんは幹部社員として採用された。

鳥巣さんは、20代のとき、この東京の転職先で素晴らしい先輩との出逢いを経験した。

「私にしてみれば、仕事を教えてくれたその先輩はマジシャンのように見えました。決して、これはこうするものだとは教えません。まず、どうしたいのと聞く。自分でしたいことを言ってよと、聞く。彼の部下だった私は、上司がどうしたいのか知りたいと思っていたのですが、逆に上司から聞かれたので、びっくり。でもどうしたいと言われれば、あれこれ考えてこうしたいと思うというと、じゃあそれでやってみて、と。すると私は、自分で決めた気になったから、一生懸命に仕事しました」
これは、まさしくコーチングである。しかし、その次代には、まだコーチングという言葉は一般的ではなかった。この先輩にしても、自分がコーチングの手法を使っているとは、思わなかっただろう。

「先輩はコーチングの理論は知らなくても、結果として私にコーチングをしてくれていた、それは不思議な体験でした」

その後、鳥巣さんは40代のときに企業研修を受けてコーチングの考え方を知り、スキルを学ぶことになる。そのとき想い出したのが、20代に経験した先輩の仕事の任せ方だった。

50代になり、鳥巣さんは仕事で挫折することが多い若手の支援を進んでやるようになった。40代でコーチングを身に付けていた彼のミッションは、仕事を通して成長を楽しめる社員を作ること。それが、若手社員の幸せにつながると考えた。

「入社数年で挫折する若手社員がいました。そういう若手を私の部署に集め、6ヶ月後の目標を作成し、それに向かって一人で挑戦、毎週1回のコーチングを行いました。その結果、入社3年後の離職率ほぼ0%(一般的な会社は30%)でした」

さらに、鳥巣さんが始めたのは、みんなで「モノづくり」をすることだった。当初は設計図の作成に使われていたCADは、設計モデルまで作る事業戦略上不可欠なツールとなっていた。設計モデルがない製品を、工場で作り出すわけにはいかない。ところが、実際に製造するときに使う設計モデルをつくるとき、若い社員には乗り越えなければならない壁があった。それは「自分でモデルは作ったことはあるが、本物を作ったことがない」という経験不足だという。

「たとえば自転車を作りたいとします。自転車は、乗ったことがあるかもしれないけれど、自分で組み立てて作ったことはなく、改造したこともありません。ですから、コンピュータのCADの画面では理解できても、それが実際の製品の形状はどのようなもので、どんな機能があるから、そのような形状になっているのか。デザインの意味のようなものを把握することができません」

そこで鳥巣さんは、若い社員に段ボールを使って「ちゃんと走る自転車」を作って競技会に出ることを提案した。いわゆる「ペーパーバイスクル(段ボールで作った自転車)」である。しかも、そこで得た「実際のモノづくりを体験して得られる知恵」について報告書を作り、役員たちにプレゼンをするところまで指導した。

我が子の挫折に何もできなかった無力感

鳥巣さんは、若者の離職率を大幅に下げる実績を上げた。ところが社内でのコーチング実績と高い評価にもかかわらず、彼は煩悶する日々を送っていた。仕事にかまけて目を向けることが少なかった自分の中学三年生の息子が、ある日突然に「学校には行かない」と言い始めた。

「青天の霹靂(へきれき)でした。会社でバリバリ頑張っていた私ですが、自分の子どもに対しては無力でした。私の力では何ともできない現実が、どんどん迫ってくる。たくさん本を読み、対策をとろうとしましたが何ひとつうまくいきません。息子も心配でしたが、自分自身、どこかで壊れてしまうのではないかという不安がありました。その状況を、私の姉が救ってくれた。引きこもった私の長男は、父親に何もいわなくても、叔母である彼女の言葉には耳を傾けてくれたのです」

鳥巣さんの息子さんの引きこもり問題が解決するまでには、5年半かかった。その間、鳥巣さんは会社に行けば世界市場で日々戦っていた。若い人にコーチングをして、しっかりした成果も出た。しかし、トップでビジネスを進める自分と、家庭が上手くいかない自分の姿が、どうしても同居できなかった。

恩送りをシステム化したい

家庭の問題を解決してくれた姉に、鳥巣さんはお礼をしたかった。しかし、姉は「家族なので当然の事をしただけ。お礼なんかいらない」と言う。そこで再び悩んでいるうち、会社に行けなくなっている自分がいた。

「姉が息子の問題を解決してくれたことに、大きな感謝の思いがありました。ところが、せっかく家庭の問題が解決したのに、今度は私が会社に行けません。仕事どころではなくなっていた。姉が息子にしてくれたように、今度は自分が誰かに同じことをしたい。それが姉の恩に報いることになると気づきました。それがわかったのですから、のうのうと生きるわけにはいきません」

鳥巣さんは、誰かから受けた恩を、その誰かに返すではなく他の誰かに返す「恩送り」について考え、それを事業システムとして構築すれば、自分の進める就労支援システムが、自分の代で終るのではなく、次世代に引き継がれ、持続可能なビジネスになると考えた。

まず、鳥巣さんが支援者となって、悩んでいる若者に必要な資金を出し支援をする。その資金で恩恵を受けた若者が、就労した後、無理ない金額でお金を返し、更に誰かの支援をする。それがまた、新たにやってくる若者の自立を支援する原資となるだろう。

「私は姉に恩を返す代わりに、引きこもりで悩んでいる若者の支援を始めました。誰かに役立つことで恩送りをしたかった。それをしなければ生きていけないくらい、姉に対する感謝の気持ちは大きく、深いものでした」

一人の自立したい若者を就労させるには、福岡の場合、およそ6ヶ月間の期間と15万円の費用が必要となる。しかし若者自身がお金を持ってないケースもある。そんなときには、賛助会員の会費でそれをまかなうことになる。その後、就労した若者は自らが新たな賛助会員になり、次の若者を応援する。

取材中に何度もスマホが鳴った。その都度、鳥巣さんは電話口でじっと話を聞き親身に応対していた

これは経験則となるが、引きこもりをしている人に親の意見は逆効果だと鳥巣代表は考えている。そこにはコーチという第三者の「力」が効果的だ。両親では、どうしても上から目線になってしまう。それに対して、コーチは隣にいる「おじさん」にあたり、斜め上にいるような感じだという。

「親は絶対に助言者になれません。友だちもだめ。というのも、引きこもりになると友だちも自分で切っていく。自分は仕事をしていないのでお金がない。そんな自分を友だちには見せられない。だからメールがきても返事ができません。それまでの友だちも、一人ずつ切っていき、最後は誰もいなくなる。その状況は、再び働き始めることでしか回復できません。だから、コーチという第三者が必要なのです」

同プロジェクトでは、卒業生と現役組との交流も兼ね、河原でのバーベキューや花見、散策などのイベントを開いている。イベントの準備段階から、卒業生と現役組は交流する。卒業生は第三者でもあり、現役で悩む若者たちの見本でもある。そこで得られる「小さな成功体験」が、若者たちに自信と自ら成長する機会を与える。

鳥巣さんが「福岡わかもの就労支援プロジェクト」を始めて3年余が過ぎ、卒業生は二ケタに達した。それでも「まだまだ、事業は始まったばかり。もっと多くの若者と向き合い、就労を実現していきたい」と語る鳥巣代表は、次の訪問者を待つために事務所に帰っていった。

【プロフィール】鳥巣 正治(とす まさはる)さん
1959年1月生れ。「福岡わかもの就労支援プロジェクト」代表。2014年末、東京のCADパッケージ開発会社を早期退職。コーチングにより若手社員育成に奔走した経験を活かし、2015年4月故郷福岡に戻り、「福岡わかもの就労支援プロジェクト」を立ち上げ、ひきこもりやニートの社会復帰を支援する。その活動は、NHK「おはよう日本」、西日本新聞などメディアも多く取り上げられている。2017年日本版イグノーベル賞 「社会福祉部門/勇気をもって一歩踏み出そう賞」受賞、2018年4月国際ソロプチミスト博多「クラブ賞」受賞。

【団体概要】
名称:福岡わかもの就労支援プロジェクト
所在地:〒814-0011 福岡県福岡市早良区高取1-1-22田中ビル703
受付時間:月~金(祝日、年末年始、お盆等除く) 9時~17時        
電話番号:080-5456-6060 


【取材後記】
「恩送り」の取材で福岡に向かった。鳥巣さんに会い、それまでの軌跡、これから進めたいプロジェクトを伺っているうち、気持ちがシンクロしていった。というのも筆者にも、就労について家族に問題の火種があったからだ。
筆者には『偏差値よりも挨拶を-社会で伸びる子どもたち』や『仕事でシアワセをつかむ本-就活のための業界幸福度マップ』など、就労のヒントを展開する著作も少なくない。教育や人材育成に関する講演に呼ばれることも多く、そこでは「先生」として相談に乗る。

しかし、筆者が積んできた経験と知恵、誠心誠意、将来を担う子どもたちのためを思う言葉は、家族の問題には通用しなかった。自分が正しいと思う言葉を投げるたびに空回りし、逆に反発され、いい結果につながらなかった。私はカウンセリングや診療内科の先生との論戦は得意だったが、家族に残せた成果は何もなかった。我が家にも、第三者としてのコーチが必要だったのである。(廣川州伸)


取材・執筆・撮影:廣川 州伸(ひろかわ くにのぶ)
1955年9月東京生れ。都立大学人文学部教育学科卒業後、マーケティングリサーチ・広告制作会社を経て経営コンサルタントとして独立。合資会社コンセプトデザイン研究所を設立し、新事業プランニング活動を推進。東工大大学院、独協大学、東北芸術工科大学などの非常勤講師を務め、現在、一般財団法人 WNI気象文化創造センター理事。主な著書に『週末作家入門』(講談社現代新書)『象を倒すアリ』(講談社)『世界のビジネス理論』(実業之日本社)『偏差値より挨拶を』(東京書籍)『絵でわかる孫子の兵法』(日本能率協会)など20冊以上。地域活性化についても様々な提案を行っている。

編集:石原智/一般社団法人 次世代価値コンソーシアム

掲載:2019年4月

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