映画『シン・ゴジラ』で巨大不明生物特設災害対策本部(通称:巨災対)のロケ地ということで、一時期、連日多くのファンが足を運んだのが東京臨海広域防災公園だ。大規模な災害が発生した際に、国や地方公共団体の「緊急災害現地対策本部」が設置され、公園全体が広域的な指令機能を持つ場所となる。
映画の中では緊迫した空気が張り詰めていたが、目の前のオペレーションルームは静寂に包まれている。一歩施設の外に出ると親子連れやバーベキューを楽しむ人たちがいたりととてもゆるやかで穏やかな日常がある。
「公園」と称されるこの施設に託されている思いは一体どんなものなのだろうか。そこには、自然災害大国に住む私たち一人一人が向き合わなければならない現実があった。
【東京臨海広域防災公園】
開園時間:6:00〜20:00 (12/31~1/1休園)
入園料:無料
【そなエリア東京】
利用時間 9:30〜17:00(入場は16:30まで)
休館日:月曜日(月曜祝日の際は開館で、翌日休館)
入館料:無料
所在地:東京都江東区有明3丁目8番35号
公式URL http://www.tokyorinkai-koen.jp
東京臨海広域防災公園の二つの姿
「1995年に発生した阪神・淡路大震災で自治体の機能がマヒしてしまった反省を活かし、事前に防災拠点を整備しておこうという目的で東京臨海広域防災公園がつくられました。災害発生時に情報集約や支援がスムーズに行うために必要なものは全て準備されています」
東京臨海広域防災公園の管理職員である伊藤公之さんがこの公園が設置された背景を教えてくれた。
オペレーションルームに各デスクに置かれた何十台ものパソコンも毎月動作確認などが行われているという。いざというときにシステムアップデートが行われて動作までに時間がかかるなんてことは無さそうだ。
しかし、実際に大規模災害が発生し、早急に国や自治体が対策本部を設置しても支援体制が整うまでには時間を要する。その目安は3日間、つまり72時間だといわれている。その間、自力で生き残らなければならいのだ。そこで、生き残る術を事前に学習してもらうための体験施設がオペレーションルームに併設されている。防災体験学習施設「そなエリア東京」だ。
「東京臨海広域防災公園には、大きく分けて緊急時の機能と平常時の機能があります。緊急時つまり災害発生時には首都圏広域の防災の司令塔や支援部隊等のベースキャンプ、医療支援基地としての機能があります。一方で、平常時は広い芝生がある公園でもあるので、レクリエーションの場としての機能もありますが、災害発生に備えた活動を促進するための防災拠点機能があります。備える大切さを実感してもらう施設『そなエリア東京』をもっとたくさんの人に活用してもらいたいと思っています」
2010年に開設された防災体験学習施設「そなエリア東京」の来館者は年々増加傾向にあるという。
「開館当初はそれほど来館者が多くはなかったがようですが、2011年に東日本大震災が起き、2016年には熊本地震、つい最近ですと大阪北部地があり、関心が高まったのではないかと思われます。海外からも注目されているようで、外国人来館者数も伸びています」
確かに、館内を見回してみると団体で来ていると思われる外国人の方たちをすぐに見つけることができた。早速、団体のガイドを務めている外国人女性に声をかけてみた。
「私たちは中国から来ました。今回の旅行客には、子どもたちや学校の先生をしている人がいるので、何か学びにつながるものも見学しようということで、こちらの施設を観光の一つに加えました。中国では、過去に四川省などで大きな地震があったりもしましたが、地震が発生する地域は限定的で、こういった防災に関する体験施設はありません。とても勉強になります」
中国からの旅行客は大人も子ども展示物を熱心に見つめていた。
まず72時間生き抜く
国内だけでなく海外からも人がやってくるこの施設で、いったいどんな体験学習ができるのか、そなエリア1階の防災体験ゾーンを一から参加することにしてみる。
受付のスタッフから注意事項の説明と同時に、私たち参加者のミッションが伝えられた。それは「災害が発生した後、国や自治体の支援体制が整うまでの約72時間を自分たちで生き抜くこと」である。
そして、1台のタブレット端末が手渡された。途中で防災クイズに答えながら生き抜く知恵を学ぶツールなのだ。
移動を促されエレベーター前に集まると、駅ビルで映画を観た後に地震が発生する詳細なシチュエーションが用意されていた。受付スタッフに見送られエレベーターに乗ったところで、急にエレベーターの床が揺れ、緊急停止。エレベーターから降りて非常灯を目印に出口から脱出すると、目の前に現れたがれきに覆われた異様な街並みに恐怖感を覚えた。作り物のセットではあるが、阪神・淡路大震災や東日本大震災で被災した街中の映像が思い出され、まさにその中に自分がいるような当事者感覚に襲われる。
そんな中、タブレット端末を使いながら何問かのクイズに答えながら進んでいくと、避難所までたどり着くことができた。避難所エリアにはテントや仮設トイレなどが展示されていたり、体育館などの屋内で使われる段ボールのパーテーションで仕切られた空間を体験したりすることができた。
最後は学習クイズの成績がタブレットに表示され、東京直下72hツアーは終了となる。実際は駆け足での模擬体験で1時間程度だが、実際に被災した場合、冷静に行動することができるのか、いざというときに必要なものがちゃんと準備できているのか、など考えさせられることが数多く出てきた。
参加者それぞれが心に浮かんだ課題を解決するために、そなエリアには1階の体験ゾーンのほかに、2階に学習ゾーンがある。具体的にどんなものを備えておくべきか、様々な防災グッズが展示されていたり、新聞紙など身近にあるものを使って、必要なものを作り出す知恵を学習できたりするコーナーなどもある。
少しでも災害時に利用できる知恵を備えておくと、万全とは言えなくても生き抜くための自信につながるのかもしれない。
静寂なうちにやるべきこと
そなエリアの1階には売店があり、非常食をはじめ、簡易トイレやその他防災グッズなどが売られていた。何が売れ筋なのだろうか。
「日本人の方がよく買われるのは簡易トイレですね。非常食は準備していたけれど、トイレまでは考えていなかったという方も多くいらっしゃるようです。海外の方から人気があるのは、非常時以外にも利用できるLEDランタンです」(伊藤さん)
そなエリアでは防災をテーマにしたイベントも定期的に行っている。
7月下旬のある平日、施設内2階のレクチャールームに小さな子どもを連れた母親たちが集まっていた。
「自然災害からこどもを守る防災セミナー」と題した講演会ではアウトドア流防災ガイドのあんどうりすさんが登場。
アウトドア体験をとおして日ごろから防災に備えることの大切さを訴えるあんどうさんの話にうなずきながら熱心にメモをとる母親たちの姿が目に付いた。
講演会が終わって、イベントに参加していたある親子グループが早速バーベキューをするという。公園内にあるバーベキュー広場に向かった。
親子グループを取りまとめていた輝くママのコミュニティ「himawari」の山西絵美さんに話を伺った。
「himawariでは、ママのための学びの交流会を定期的に行っているのですが、その中で防災のテーマになった際に、どう準備したらいいのかわからないということに気づいたのです。そこで、みんなで一緒に防災について学び、学んだことを実践してみようと思って講演を聞いた後にバーベキューをすることにしました。いざというときに、何ができるのかを考えて、今日のバーベキューは包丁がなくてもできる丸焼きをテーマにしています」(山西さん)
普段はなかなか大人しく待つことができないという子どもたちもテントの中から親たちの様子を静かにうかがっている。
「アウトドアをしていると、一人一人が協力しなければいけないということが子どもたちにも伝わっているように感じます。少し大きな子どもたちは自分たちより小さな子の面倒を見てくれたり、お皿をちゃんとみんなに回してくれたりしています。日ごろからアウトドア体験に触れるのはいいですね。急に大規模災害がやってきて、パパが戻れないという状況になったとしても、ママが子どもたちを守って生き抜かなければならないので、アウトドア体験をしながら、ママ同士で助け合えるスキルを身に着けておきたいと思います」(山西さん)
広大な芝生広場では他にも楽しそうにバーベキューを楽しんでいるグループが、そしてその先にはヘリのいない静かなヘリポートがあった。
いつどこで地震が起きるのかは誰にもわからない。普段から家族で話しあったり、何かしら生き抜くスキルを身につけたりすることの重要性を感じた。
次回は、講演会で登場したあんどうりすさんの生き抜くためのアウトドア流防災について取り上げる。
取材・執筆・構成:王麗華/一般社団法 次世代価値コンソーシアム代表理事
愛知県生まれ。幼少期を自然豊かな北海道で過ごす。大学卒業後、地方局のアナウンサーとしてニュース・情報・エンターテインメント・天気番組等を担当。その後フリーランスで在京キー局の番組に携わったのちに、国会議員秘書に転身。結婚、出産、子育てとライフスタイルの変化に合わせてキャリア(いわゆるジャングルジムキャリア)を積む。
撮影:松本考平/フォトグラファー
フード・ファッション撮影を中心に東京を拠点にし、広告・カタログ・雑誌・WEB広告等にて活動。
撮影:石原智/一般社団法人 次世代価値コンソーシアム