手作りのイベント~市民と子育て関係者、市がチカラを合わせて
2018年2月25日午前10時、灰色の曇に覆われた冬空。そんな鬱々とした空模様を吹き飛ばす熱気が、市内の一角から放たれていた。
江戸川を挟んだ東京の対岸に位置する千葉県松戸市。「まつど子育てフェスティバル」の会場となった健康福祉会館(「ふれあい22」)のロビーは、集まってきた親子の元気な声に包まれていた。近隣の親子を見つけてあいさつを交わす人、初めて参加して配られたパンフレットに見入る人、準備が整った1階の「あかちゃん広場」を興味津々とみつめる子どもたち……。
慣れた様子でお迎えするフェスティバル実行委員会のスタッフに混じり、ボランティアとして参加している地元の聖徳大学の学生や市立松戸高校の生徒たちが緊張した面持ちで立っている。そこにある喧噪は「元気のよさ」と「あたたかい笑顔」にあふれていた。
12回目を迎え、定着した行事に
子育てを応援する松戸市内の団体と市が連携をして子育て中の人々を応援するためのこのフェスティバル。幼稚園も保育園も、また関係する民間団体も一同に会して、互いにゆるくつながることを目的に始まった。スタートこそ、こじんまりしたものだったが、徐々に事業者の参加が増え、フェスティバルの中で行われるイベントも多彩になる。とともに、親子の参加が増えていった。
関係者によれば、最初から大きく始めなかったことがこのフェスティバルが長く続き、年々盛り上がって来ている要因だと言う。市民と関係者が自分ごととしてこのイベントを育て、それが、現在の盛況につながった。
12回目となる今回。親子だけではなく、三世代で参加する市民や関連団体、ボランティアのスタッフで密集したロビーに、開会セレモニーを知らせる司会者の声が響きわたる。実行委員会の所属団体、協賛団体が紹介された後、実行委員長で松戸市保育園協議会会長の知久隆さんが開会の挨拶に立った。
「このフェスティバルは、『ひろげよう、つなげよう、子育ての輪』ということで、子どもたちの笑顔をみながら進めています。2階の情報・相談コーナーには子育てコーディネーター、保育士、助産師など専門のスタッフがおりますので、育児での悩みや相談したいことがありましたら、気軽に立ち寄ってください」
例年、フェスティバルの実行委員長は市内の保育園、幼稚園の両団体が務めることになっているという。保育園と幼稚園が協力して運営していることも特徴だ。
知久委員長は笑顔でこれから始まるフェスティバルへの意気込みを語った。
「去年は1800人の参加がありました。参加者数は天候にも左右されるので、まだわかりません。今日は東京マラソンや平昌オリンピック閉会式もあるので。しかし、年々ブースも増え、盛況になっていることは間違いありません。今年は市立松戸高校がボランティアで参加してくれ、新しい風となっています」
子育てしやすい自治体として高評価
松戸市は「子育てにやさしい街まつど」という標語を掲げている。この「まつど子育てフェスティバル」は行政が声をかけてスタートしたが、今では市民に浸透し、市民や市内の子育てに関わる各種団体が主体的に運営に関わっている。
市内の「さくら保育園」の園長でもある知久委員長は、「行政と子育てに関係する団体が一体となって子育てに取り組むことは、大きな意味があると思います。ここまで行政といろいろな団体が集まって取り組んでいるフェスティバルは少ないでしょう」と言う。
続いて、本郷谷健次市長が挨拶に立った。ラグビー仕込みの体躯ににこやかな笑顔。混み合う来訪者の中に自然と溶け込んでいる。
「松戸市は、子育てしやすい街としてグランプリをいただきました。これも今日お集まりの幼稚園関係者、保育園関係者のみなさんが、子どもたちのためにどんな街にしたらいいかをと考え実行した結果。みなさんに感謝しています。今日は一日、楽しんでください」。
大きなくす玉を割り、拍手と歓声のなかでフェスティバルがスタートした。
「子育てしやすい自治体」として、松戸市を挙げる声は多い。実際、「共働き子育てしやすい街」(日経DUAL・日本経済新聞による調査)で東京を除く自治体で2017年の第1位となった。同市は、2015年の第1回調査で9位。16年は5位と順位を上げ、今回トップについたことになる。その間、松戸市では何を考え、どんな施策を実行してきたのだろう。
少子化や女性の社会進出などが進み、子どもが置かれる社会環境は厳しい。そのなかで全国トップとなった施策を知りたいと松戸市を訪ねた。そこでは子育て支援にとどまらず、次世代に「文化」を伝えようという思いと活動があった。
「子育て支援は未来への投資」、「笑顔が街の財産」と語る本郷谷市長。子育て環境を中心に松戸市の取り組みを探った。
松戸市の概要
千葉県松戸市は、千葉県北西部に位置し、江戸川をはさんで東京都と埼玉県に隣接。人口は489,037人(2018年4月1日現在)。人口は微増傾向にあり、県内では4位。
市域面積は61.33平方キロメートル。
江戸時代は水戸街道の宿場町として栄えた。現在もJR常磐線・武蔵野線、新京成線、北総鉄道が市内を走る交通至便な街。
松戸には全国に知られているものが二つある。
一つは「矢切の渡し」。松戸市と江戸川を挟んだ対岸の東京都葛飾区を結ぶ渡し船。映画化もされている伊藤左千夫の小説「野菊の墓」では政夫と民子の悲しい恋の舞台に。また、同名の歌謡曲でも有名。
もう一つは、梨。「二十世紀梨」発祥の地は松戸だ。二十世紀を代表する品種になって欲しいという期待をこめて、1898年(明治31年)に命名された。市内には数多くの観光梨園があり、8月中旬~10月中旬の旬の時期には梨狩りが楽しめる。
日経新聞等による「共働き子育てしやすい街」での高い評価について、本郷谷市長は次のように捉えている。
「それは素直にうれしいのですが、喜んでばかりもいられません。待機児童はどうするかについて『例えば、今は500人の待機児童がいるけれど3年以内には、なくなる』と考える人がいますが、そんなことあるわけがない。数年後には、環境が変わっているし潜在ニーズもあるでしょう。
たとえば500人の待機児童を解消しても、また500人のニーズが出るに決まっている。私の場合、まずニーズ、必要があるかないかを考えます。職員の一部には『できるかどうか』を考える人がいました。それは私のいうニーズとは異なるもの。だから、私は今2期8年目になりますが、最初は言葉が合わなかった。そのギャップは、だんだん埋まってきたと感じています」
松戸市の基本理念
首都東京に隣接した生活都市として急激な発展をとげた松戸市は、現在約17万5千世帯、人口46万人を擁し、常磐線沿線の中核都市を形成しています。まちの年輪とともに、松戸に生まれた「松戸っ子」が成長し、転入世代も松戸で長く暮らす人が多くなり、親と子が松戸を「ふるさと」として住み続けるようになっています。
市民の多くが、21世紀の森と広場や江戸川の豊かな水とみどりのある松戸の風景に愛着を覚え、松戸に残された歴史的な資源とともに、梨やネギなどの農産物を自慢し、松戸での地縁や血縁はもとより、新たな交流により「知縁」を深めています。
※松戸市ホームページ「基本構想(平成10年4月策定)」より抜粋
本郷谷市長の開会挨拶も終わり、『まつど子育てフェスティバル』の開会式の式次第が終わるやいなや、「がんばれー!」という声援や笑い声、大きな拍手がロビーに響いた。隣のスペースで、『ハイハイレース』がスタート。本郷谷市長もスタッフと共に足早に「レース場」に向った。
ハイハイレースは、スタート地点にこれからハイハイをする子どもを残し、親はゴールの先で待機。「よーい、スタート」の号令で、親が子どもの名前を連呼し、赤ちゃん達がゴールまでハイハイをする競争。このイベントの目玉の一つだ。観覧席では親や兄弟姉妹、おばあちゃん、おじいちゃんの声援がとびかっている。参加者スタッフ総勢50人ほどが大盛り上がり。
名前を呼んでもスタートしなかった子どもが哺乳ビンにつられてハイハイを始め、なかにはスマホを見せたとたんにダッシュして笑いを誘った子どももいた。
観客席のなか、ひときわ大きな声で「がんばれ~」と声援を送っているのが本郷谷市長。
――市長が一番熱いですね。
市長/そうだね。このレース、大好きなの。これだけたくさんの大人たちがいるところは、子どもは慣れてないから、どこを見たらいいのかわからないかもしれないね。だから親も、食べ物で釣ったり、スマホをみせたり、工夫している。
――市長も楽しそうですね。いつも応援されているのですか?
市長/そうだね。このレースはぼくが市長になったころにはあったから歴史ある目玉企画。毎回、参加しています。元気な子ども達はもちろん、子どもの顔を見つめる親の姿。見ているぼくらも楽しい。子どもだけでなく、親御さんが楽しんでいるでしょう。親が喜んでいると、子どもも気持ちがわかるのでうれしくなる。これはスタッフのみなさんが考え、用意してくれたものです。スタッフのみなさん、子どもたちのことをよく知っているから、こういうアイデアがでてくるんですね。このイベントを支えるスタッフや職員、市民のみなさんのおかげでこれだけ盛り上がっている。
――シンプルですが、見ている方も楽しい企画です。
市長/そうでしょう。いろいろなアイデアがでてくる。それが大事。今は、それぞれの立場で、いろいろな企画を出して進めてくれます。これが最高の力で、子どもたちも喜びます。子どもたちが喜ぶと、スタッフの力になる。いい循環ができてきたと感じています。
――スタッフの熱気も凄い。
市長/スタッフは、日常的によくやってくれているから、こういうフェスティバルで盛り上がる。いろいろなアイデアもでてくる。誰か一人が「あれやれ、これやれ」という方法では、決してうまくいきません。みんなで工夫して進められる、それが一番いいと思う。
――親子で楽しむだけではなく、親同士の交流にもなる。
市長/ここで親も知り合って、友達もでき、輪が広がる。それがお互いの安心感につながると思います。最近は、どうしても周りの人が子どもの面倒をみてくれないので、お母さんの孤独感があるでしょう。自分の子どもは、これでいいのかという不安もある。だから一年に一回とはいえ、こういう機会があることが大事だと思うんだ。お母さんに笑顔がでれば、子どもたちにも笑顔がでるし。それが一番の財産です。
――市長も挨拶だけで帰らず、自ら応援に参加している。
市長/ここにいると子どもたちの笑顔があるから、ぼく自身、パワーをもらっています。このフェスティバルは、そもそも行政だけでは絶対にできないイベントです。子どもや関係する人たちが、その気になってやってくれる。こういうイベントが、みんなで一緒にやろうという力になります。ほら、笑顔が一番いい。これがみんなの財産です。ぼくも笑顔をいっぱい浴びて、帰ろうと思います。
保育園と幼稚園との壁を越えて
建物の3階までをフルに使ってさまざまなブースがあるこのフェスティバル。その中でも「まつど子どもフェスティバル」を特徴づけるのが「つくってあそんで保育園」(松戸市保育園協議会)と「ようちえんひろば」(松戸市私立幼稚園連合会)のブース。
「つくってあそんで保育園」このコーナーでは、市内の保育園で実際に仕事をしている保育士たちが一堂に会し、一人の子どもに一人の保育士がつく形で遊ぶことができる。身近な物で作る「おもちゃ製作」コーナー、雑穀米を使った食育コーナーなどがあり、「ままごと」コーナーでは「あんよ」の年齢から、いろいろな道具を使って遊んでいた。
今回初めて参加したという若い女性の保育士は、このフェスティバルの意義を次のように話してくれた。
「思った以上にいろいろなブースやイベントがあり賑わっているので、少しびっくりしています。ここでは他の保育園の先生ともお話しできるので、情報を共有してこれからの保育につなげられたらと思っています」
日常の業務に忙しい保育士にとっては、こうした情報交換の場は貴重だ。来年もまた参加したいかというこちらの問に、即座に快活に答えてくれた。
「もちろん、また来ます。とっても楽しいです。いろいろな人との交流もできるので勉強になります」
ここは、若い現場の人たちのモチベーションを与える活動でもあるようだ。
次に「ようちえんひろば」に足を運んでみた。ここでは「幼稚園って何をするところ?」という問いに応え、さまざまな個性がある私立幼稚園の情報を開示。ピアノを使い、本を読む。音楽、リズム遊び。他のイベントとは一味違うコーナーとなっている。
「まつど子どもフェスティバル」のスタートから見守ってきた松戸市私立幼稚園連合会の山口志津子会長は、地域の複数の私立幼稚園が参加するこのフェスティバルについて次のように話してくれた。
「松戸市にある幼稚園はみんな私立なので、それぞれの独自の経営方針のもとで運営されています。私立なので、いろいろな幼稚園があり、一つひとつが独立していますが、このようなフェスティバルがあると、一つにまとまることができます。
全国に私立の幼稚園はたくさんありますが、どこも『子どもが初めて出会う学校です』という信念で進めています」
また、保育園と幼稚園が協力して運営するという「まつど子どもフェスティバル」の大きな特徴については次のように語る。
「私たちには『子どもが真ん中プロジェクト』というものがあり、大人の都合では考えないということがあります。そのような本質的な部分は保育園のみなさんも賛同してくれています。お互いに、違和感はありません」
「保育園と幼稚園?同じ子供を預けるところだろ?」と思う方もいるかもしれない。子育てや幼児教育と関係の薄い方にはわかりにくいが、制度上、両者はしっかりと区別されている。保育園は市の管轄で厚生労働省の所管。幼稚園は県学事課の管轄で、文部科学省の所管。許認可の手続き窓口が異なるため、通常は互いの交流は稀だ。
山口会長は、幼児教育の専門家らしい柔和でいて強い信念の感じられる表情で言葉を継いだ。
「子どもを扱っている同志ですから一緒にやりましょう」という考えに私たちも賛成なので、ここでは実現しています。
このフェスティバル、最初は、松戸市からお声がけいただきました。スタートしたときには、小さい子どもしか来ないので「幼稚園が関係あるのかな」という思いもよぎりました。しかし、今は大きい子どもも来てくれるので、やっていてよかったと思っています。
いろいろなところがこれほど一緒になって行うイベントは、全国でも珍しいのではないでしょうか。公立の保育園さんと民間の保育園さんがありますが、松戸ではまとまっていると思います。幼稚園も保育園とこんなに仲良くやっているのも、市とも仲良くやっているのも、たぶん少ないと思います。他の市町村の幼稚園のみなさんと話すとき、よく『松戸はいいね』と言われますから。フェスティバルの主体は子どもたち。子どもにとって幼稚園だろうが保育園だろうが関係ありません。それにつきると思います」
子育てをする側にすれば、保育園も幼稚園も認定こども園も、選択肢の一つだが、行政からみると管轄が異なり、私たちには事情がつかめない部分もある。
「保育園と幼稚園を一緒にする」という考え方もある。教育機関が幼稚園で、保育機関が保育園というのではなく、小学校に行く前はどちらでも一緒で、教育も必要だし、保育も必要なわけなのだから。
制度の壁を壊すことは難しい。しかし乗り越えることはできる。松戸市では、フェスティバルを通じて幼稚園と保育園が交流している。小さな一歩かもしれないが大きな一歩である。
地域の学生ボランティが育つ場としても
本郷谷市長は、「難しい問題ですが、わかっていることもあります。小学校に行くまでは、行政がきちんとした体制を整えなければ、女性が安心して働けないということです」と言う。
2016年(平成28年)の女性(15~64歳)の就業率は66.0%(『 男女共同参画白書 平成29年版』内閣府男女共同参画局)。1968年の調査開始以来、過去最高の数値だ。高度成長期を推進する”制度”として普及した「専業主婦」という役割が転換点を迎えつつある。社会の変化によって発生する、家庭、職場での歪みに対して行政が関与すべきことは多い。
「まつど子どもフェスティバル」では、児童学部や保育科がある地元の聖徳大学・聖徳大学短期大学部の学生が専門性を生かしてボランティアとして協力している。さらに、市立松戸高校の生徒も参加し、受付やエレベーターの誘導、手作りのコーナーでの手伝いなど、多彩な場で活躍していた。今回は、同校家庭科部と生物部の生徒たちが午前に14名、午後に10名が参加している。
生徒たちをこのイベントに引率した教諭は、参加の意義を次のように話してくれた。
――高校生たちのボランティア参加の経緯を教えてください。
石川教諭/私は家庭科部という部活の顧問で、家庭科も教えています。家庭科部では自分たちで学んだ知識、たとえばお料理が作れるようになったら自分が「うれしい」という気持ちから、家族に作ってあげるということを目標にしています。そこから、さらに周りの人に「よろこび」を広げることを考えたとき、外に出られる活動はないものかと考えていました。校外に出て、また学校に戻ってくると生徒の目が違います。より活発になり、チームワークもよくなります。
――生徒たちの視野が広がるということですね。
石川教諭/去年、このフェスティバルでおもちゃなどを作ることで協力しました。今年は、さらに積極的に参加したいと「生徒たちの作品を展示するブース」を持つことも検討しましたが、準備の関係もありできませんでした。そこでまずはボランティアとして協力させてもらってからと考えました。
――実際にボランティアをしてみて、生徒さんの印象はいかがですか?
石川教諭/こういうイベントで、ボランティアはスキマを埋める仕事。いろいろなところに散らばって、いろいろな体験ができます。聖徳大学のお姉さんに指導されながら、高校生と大学生が一緒に入るところもあります。午前中にお姉さんから「手遊び」を学び、「午後は一緒にやろうね」という具合です。
そういう姿を見ていて、私はブースでの発表よりも、このボランティアの仕事そのものをさせたほうが、子どもたちのいい経験になるかと感じています。
――それも、面白いですね。ボランティアのほうが、勉強になる。
石川教諭/自分たちの成果を発表し、みてもらいたいという願望もあるかと思いますが、ブースを持ってしまうとその仕事だけで手一杯になってしまう。
ここは学校から近いので、参加しやすいことも好材料。こういうボランティアの活動は近い地域で進めるのがいい。生徒たちには、ボランティア体験から学んでほしいと思っています。
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保育園、幼稚園、地域の学校・学生・生徒、住民らが協力して地域の子育て環境を考え盛り上げるこの動き。今後も長く続くことを願う。
取材・執筆:廣川州伸
撮影:樋宮純一(トップ画像および※印を除く)
取材・編集:石原智/次世代価値コンソーシアム