ロングライフパンの新たな役目を開拓~株式会社 パネックス

「発酵種」による、長持ちするパン

駅の売店やコンビニなどで「美味しさ長持ち」「ロングライフ」と書かれたパンを見かける。賞味期限が1ヵ月から2ヵ月と日持ちする。通常、パンの保存期間はベーカリーのものならば当日。メーカー品でも数日。その違いは保存料の添加の有無だ。

一方で、「ロングライフ」と書かれたパンは、合成保存料無添加にもかかわらず長期保存も可能。このロングライフパンを手がける会社の一つが、株式会社パネックス。1991年創業の岐阜県に本社を置く会社。

合成保存料を使わずになぜ長持ちするのか。その理由はイタリア原産の酵母「パネトーネ種」にある。
パネトーネ種は、酵母と数種類の乳酸菌が共生している複雑な組成。それを3日間という長時間発酵・熟成させてパン生地の酸度を上げることにより、雑菌が育ちにくい環境をつくる。さらに、長時間の発酵・熟成は伸展性に優れたグルテンを形成し、少ない水分でもしっとりとした食感と口どけの良さを生むため、パンの寿命を縮める原因となる水分量を大幅に減らすことができる。

なお、同社では、長期保存と味の良さをバランスさせるための工夫もしている。当然のことだが、水分を少なくするとパンは硬くなる。これでは乾パンになってしまう。そこで同社では、油脂や砂糖、卵の配合を工夫することでパンをしっとりさせる工夫をしている。工場の衛生管理も徹底しており、冷却はクリーンルーム内で行う。こうした取り組みの積み重ねにより、保存性と美味しさを両立させている。

パネトーネ種は、スローフード発祥の地から

同社では、ロングライフパンに欠かせないパネトーネ種を、年に3回イタリアに足を運び、仕入れている。訪れる先は、スローフード発祥の地として知られる「ブラ」という小さな街。2年に一度秋にチーズ祭りが開かれ、世界中から美食家達と観光客が集まる「グルメの街」としても有名だ。

同社では、そこでパン店を経営するジャン・フランコ氏のもとにパネトーネ種を仕入れに行く。以前は、大きなパン工場から酵母を入手していたが、10年ほど前に、ジャン・フランコ氏のつくるパンの味に感銘を受け、独占契約を締結。味が向上し、取引先や顧客からの評判は一気に上がった

検品は人の目で行う


「イタリアから酵母を持ち帰ったら、自社内で培養します。酵母から焼き上げまで一貫して自社生産しているのも、弊社の強み。小麦胚芽を混ぜたり、国産小麦で育てたりと、酵母開発において、さまざまなアイデアを形にすることができます」(前野朝彦社長)。

前野朝彦社長

ロングライフパンの新たなマーケット

パンの市場は約1兆6000億円といわれている。その中でロングライフパンは200億円程度。これを小さなマーケットと見るか、成長余力があると見るか。前野社長は、ロングライフパンの需要は拡大していくと考えている。

その理由はいくつかある。一つは、高齢社会。益々進む高齢社会において、ロングライフパンの役割が発揮できる。「買い物難民」という言葉があるように、過疎地では商店が廃業し、徒歩で日用品を買いに行くことが困難な地域が増えている。毎日買い物に行けない地域のお年寄などにも、食卓の彩りの一つとしてロングライフパンは選んでもらえる。

また、物流問題にも、ロングライフパンが貢献できる。近年、宅配の利用増加や流通業界の過密な配送需要に対して、ドライバーの人手不足が発生するなど、物流危機が叫ばれている。値上げすれば済むという問題ではなく根本的な解決が求められている。
そんな中、長持ちするロングライフパンは物流の負荷軽減に役立つ。またパネックスでは、1か所から全国に配送を行う方式から、消費地に近い場所にコンパクトな工場を建設しての多数点在化も目指している。一社でできることは限られているとはいえ、輸送コストや輸送リスクの改善につながるはずだ。

災害に備えつつ日常を楽しむ「循環備蓄」とは

ロングライフパンのニーズとして最も期待されているのが、災害用の備蓄。2011年の東日本大震災の際には、同社の山口県工場から被災地にパンを届けた。また、長野工場のある伊那市とは、災害時のロングライフパンを供給に関する協定を締結している。

被災時には、食事は生命維持のために必要なだけでなく、最大の楽しみであり家族や周囲の人とのコミュニケーションの場でもある。その時食事のバラエティが豊富なことが人々の心を豊かにする。前野社長は「パンは味のバラエティが豊富で、幅広い年代の人が食べやすい。ごみも少ないので災害時に向いている」と話す。

備蓄用の食品も種類が豊富になり、味も改善されてきてはいるが、「非常食」という特殊感は拭えない。一方で、多くの人が食べ慣れている「パン」は、災害時だからこそ必要とされる「日常感」をもたらす商品だとも言える。

災害に備えたロングライフパンの活用方法として、同社は「循環備蓄」という方法を提唱している。まず、家族の人数に合わせて一定量のロングライフパンを備蓄する。1カ月あるいは2ヶ月などロングライフパンの保存期間に合わせて、普段の食事やおやつとしてロングライフパンを食べる。そして、食べた分を補充していく。この方法で、災害時に「非常食」を食べているという特殊な感情を持つことをさらに削減できる。また、味の好みや場合によってはアレルギー反応も事前にわかるので安心感もさらに増す。

長崎県五島列島の上五島町ではこの「循環備蓄」を続けているという。こうした取り組みを更に広げて、災害対策へ寄与したいと前野社長は話す。

クリーンルームでの冷却

今回取材した長野工場のある伊那市について、前野社長はこう表現する。
「伊那市には綺麗な水と空気がありヨーロッパの環境と似ている」

長期保存と味のバランスをさらに高めることで、新しい食文化の発信が期待される。


会社概要
社名:株式会社パネックス
代表者:前野 朝彦
本社所在地:岐阜県可児市菅刈575-12
下関工場:山口県下関市長府扇町11-3
長野工場:長野県伊那市東春近7000番9



取材・構成:池田博人(インサイド)

撮影:松本考平/フォトグラファー
1987年生まれ、埼玉県出身
2007年 東京ビジュアルアーツ写真学科を卒業。同年撮影会社Jcorに入社
2009年 秋に退社後フリーのアシスタントとして活動
2011年 フォトグラファーとして独立
2011年 Obrero LTD 所属
現在、東京を拠点に、フード・ファッション撮影を中心に、広告・カタログ・雑誌・WEB広告などで活躍。

取材・編集:石原智/一般社団法人 次世代価値コンソーシアム

掲載:2019年4月8日

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