銀座で農業に取り組むビル会社役員の社会貢献―― 銀座ミツバチプロジェクト・田中淳夫理事長

大都市の中心で養蜂に挑む

日本一の繁華街、東京・銀座。見渡す限りビルだらけで野菜を植えるような空き地はない。この賑やかな街のど真ん中で「農業」を営む人たちがいる。NPO法人銀座ミツバチプロジェクト(銀ぱち)理事長でビル運営会社、紙パルプ会館専務の田中淳夫さん。ビルの屋上で養蜂に取り組み、サツマイモも作っている。

「銀座ミツバチプロジェクト」を手がける田中淳夫さん

「企業は緑化事業で屋上に芝生を植えたりしていますが、その多くは“耕作放棄地”になっています。せっかく作った都市のインフラが生かされていない。だったらみんなで緩やかに連携をして、そこから何か新しい価値を作っていこうと、こんなことを始めてみました」
 
「こんなこと」とは都市養蜂である。田中さんたちが銀座3丁目にある本社ビルの屋上で「銀座ミツバチプロジェクト」を始めてたのは2006年。
2018年7月27日から3日間、6回目となるハチミツ尽くしのイベント「はちみつフェスタ2018」が紙パルプ会館で開かれた。日本はちみつマイスター協会の主催で、農林水産省が後援し、田中さんたちの「銀座ミツバチプロジェクト」が協力した。国内外合わせて100種類以上のハチミツを一堂にそろえて販売、ハチミツの活用法が学べるワークショップやセミナー、ミツバチ見学会などが行われた。

「暑い日でしたが、フェスタに3000人以上の方々が集まってきて、みなさん世界中のはちみつを購入したり、様々な講座で学んだりしていただきました」と田中さん。

ビル屋上の養蜂所

なぜ銀座で養蜂なのか。きっかけは岩手の養蜂家が持ち込んだ話。この養蜂家はどこか借りられそうな銀座のビルを探していた。この時点では単に屋上を貸すだけで、田中さんが養蜂をやるつもりはなかった。ところが、銀座のビルの屋上は本格的に養蜂を行うにはあまりにも狭すぎたため、養蜂家は「あんたらがやんなさいよ」と田中さんたちに下駄を預けて断念してしまった。

巣箱からハチミツを取り出す

「最初は危なくないかなと思ったんですが、巣箱から直接花の方に飛んで行くから、こういう盛り場や人がたくさん集まるところでもミツバチは飼えるという話を聞いて、養蜂家が教えてくれるなら僕らがミツバチを飼ってみようかということになったわけです」

ビルの屋上を貸す代わりにハチミツがもらえたらと思っただけで、田中さんは「自分たちが養蜂を始めることになるとは思ってなかった」と苦笑いを浮かべた。

巣箱に集まるミツバチ

老舗の旦那衆が猛反対

田中さんは東京・下町の生まれで、農業とは無縁の暮らしだった。大学を卒業後、「転勤がない会社だから」と、テナントや貸し会議室を運営する紙パルプ会館に入社。30歳を過ぎた頃、会館の賃貸比率が悪く建物が老朽化したこともあって、「21世紀にふさわしい建物を」と銀行から融資を受け、建て替えることになった。時代はバブルの真っ盛り。

1993年、新しい建物が完成した途端にバブル崩壊。家賃収入の上昇を見込んでいたのが、一転して右肩下がりになってしまった。銀行融資返済の金利負担が重くのしかかった。上司からは「今後は借金を返すだけだから、何もしないでくれ」と言われたという。だが、そう言われたからといって、何もしないような田中さんではなかった。

防護のネットをかぶっての作業

前述したように、岩手県の養蜂家が銀座のビルを探しているときいったんは紙パルプ会館の屋上を貸すことを承諾したが、結局自分たちでやることになった。ところが、話はスムーズに進展しなかった。社内外から猛烈な反対の嵐が巻き起こったのだ。

ビルの社員は「危ないからやめてください」と猛反対。それでなくとも紙パルプ会館には一日5000人が出入りする。ここに本社を置く百貨店の会長をはじめ、銀座の老舗の経営者たちも心配していたという。この大都会のど真ん中でミツバチなんて飼えるのかという疑問もあった。

何とか周囲の了解を取り付け、2006年に屋上で「銀座ミツバチプロジェクト」がスタート。翌年にNPO法人を発足させ、農業生産法人「銀座ミツバチ」も設立した。田中さんは「銀座ミツバチ」の代表取締役とNPO法人の理事長を兼務している。江戸開府から400年、家庭菜園レベルではなく、銀座で初めて本格的な〝農家〟が誕生した。

銀座のハチミツ「GINPACHI」(左)

初年度は150kgしか収穫できなかったが、その後ミツバチを飼うビルが増え養蜂場は銀座や丸の内など6カ所。2017年は最高記録の1600kg。2018年は2.1トン。国内の生産量が2800トンだから、0.7%が銀座界隈で採れたということになる。

田中さんもこれほど収穫できるとは想像もしていなかった。東京は案外緑が多く、近くに日比谷公園、皇居、浜離宮などもある。蜜源となる自然環境があったということだろう。

銀座のはちみつで地産地消

採れたハチミツは、銀座の技でスイーツ、ビール、カクテル、化粧品などに商品化されている。バーやクラブでは、はちみつで作るカクテル「ハニーハイボール」が人気メニュー。世界でも珍しいミツバチの酵母で作られたビールも販売されている。銀座のハチミツは銀座で消費する「地産地消」が原則。

現在、全国各地で都市型のミツバチプロジェクトの取り組みが始まっている。なんと首相公邸でも養蜂が行われている。2015年4月に安倍晋三首相が訪米した際、昭恵夫人がホワイトハウスで養蜂が行われているのを目にして、首相公邸の中庭でやろうということになったらしい。この首相公邸の養蜂に協力したのが、田中さんだった。

「ミツバチは環境指標でもあり、世界中でミツバチがいなくなったとか、ハチミツが採れなくなったといわれているなかで、銀座のこういう都会でもミツバチは生きられる。人間と共生することができる。街中でたくさんのハチミツが採れて、街の安全度をアピールすることもできる。そういうこともあって、都市養蜂というものが広がっているのだと思う」

高校や大学でもミツバチを飼うのが流行っていて、都市養蜂に取り組む企業や団体は全国100カ所ほどに広がっているといわれているが、田中さんにも「カウントできない」と、あまりの反響ぶりにきっかけをつくった本人が驚いている。

銀座から広がる地域交流の輪

全国に広がるミツバチプロジェクトは、単に養蜂を行うというよりも、元気のない商店街をどう活性化するのか、耕作放棄地をどうするのか、地域を花いっぱいで蘇らせようということなど、様々な地域の課題と向き合う活動になるのが面白いと田中さんは言う。

「都会と地方がつながることで、双方が新しい価値を見出していくことができるんじゃないか。街に人が来ることによって、私たちのビジネスにもプラスになるし、銀座のみなさんも地域の人たちと交流をして、食材を購入したり商品開発したりできる。オヤジの遊び心で始めたことが、だんだん大きなものに向かって動き出していったという感じですね」

ミツバチを通して様々な地域交流事業にも取り組んでいる。
島根県の萩・石見空港。一日2往復しか飛んでない空港をどう存続させるかが喫緊の課題だった。空港の滑走路の隅に巣箱を50箱ぐらい置いて始めた。はちみつを700から800 kg採れた。そのはちみつは地元の企業と組んで様々な商品を作っている。2017年には、はちみつマイスター協会が実施している「第3回ハニー・オブ・ザ・イヤー」で優勝した。

田中さんの元へは、内外から見学者が訪れている。香港の農水省、フランスの自治体職員、台湾の生産性本部の経営者たち、韓国の福祉団体の人たち。海外メディアもCNN、CBS、ドイツ、フランス、モンゴル、南アフリカ、インド、パキスタンのテレビ。中東の衛星テレビ局アルジャジーラも取材に来た。

ミツバチプロジェクトを始めた当初、田中さんは周囲から変人扱いされたが、いまでは「世界中の変人が集まってくるようになっちゃった」と楽しそうに笑う。

田中さんの案内で屋上に上がってみると、芋、粟、ハッカ、ハーブなど様々な野菜や果実が植えられている。カボスには袋がけがしてあった。
「カボスを広めたいという大分県と一緒に、商品を作ろうという話になり」、銀座の名だたるバーでカボスを使ったカクテルを出すようになった。マルシェやフォーラムなどを行うなど消費者と生産者の顔が見えるような場作り、様々な地域交流事業にも取り組んでいる。

銀座のビル街を背景に、袋がけされたカボス

銀座ではちみつを作って地方と競い合うのではなく、都市を緑化する、快適な環境の指標となるミツバチと共生しようというメッセージを打ち出すことで、そこに共感する人たちと新しい価値を求めて、地方と都会が連携できればいいという考えだ。
田中さんたちの活動は、銀座で新しい価値を生む一つの触媒役を果たしている。「銀座ミツバチプロジェクト」の取り組みをハブに、人と人の交流が重層的につながっている。

銀座産の芋焼酎を作ろう

都市のヒートアイランドを防ぐために、多くの企業はビルの屋上に芝生を植えているが、実際には放ったらかしで〝耕作放棄地〟となっているのが現状だ。そこに着目したのが田中さんをはじめ「銀座ミツバチプロジェクト」の人たち。緑化事業の一環として屋上でサツマイモを作る取り組みを提唱。屋上でサツマイモを育て、都会の砂漠化、ヒートアイランド現象を抑え、できた芋を焼酎にしようというプロジェクトが始まっている。

屋上に植えられたサツマイモ

「緑化に関するみんなの協力を得よう」とゆるやかな連携を目指し、大企業の役員まで巻き込む。この提案に賛同した企業に対し、プランター、土と苗を提供している。田中さんらの提案に賛同して芋作りに取り組む大手企業や団体など「芋人仲間」が集まった。

銀座産の芋を使った焼酎は「銀座芋人」の商品名で販売している。銀座産の芋は10%、あとの9割は、九州・豊前の身障者たちが生産した芋を使用。焼酎を売るための酒販免許も取得した。田中さんが言う。
「こんなことをやって何になるのかという人がいる。私たちもこんなところで芋ができるのかと言ってましたけど、いまでは経営者のみなさんまで乗り気になって、とにかくやってみて、そこから見えてくるものがあると思うんです」

芋焼酎 銀座芋人(中央)

社長がやるならと役員全員で収穫作業をしたり、海外のアナリストがお土産に「銀座芋人」を持って帰るそうだ。意味は自分たちで作ればいい。だれかが作った意味や価値ではなく、自分たちで作ることに挑戦する。やっているなかから見えてくる新しい価値がある。

大人の遊びを社会事業に

いまやすっかりミツバチプロジェクトを中心とした“農業”にのめり込んでいる田中さんだが、勤務する紙パルプ会館の社長から「田中さん、会社の仕事以上にミツバチの仕事が多くなったよね」と言われたときは、さすがに「プロジェクト」を縮小すべきか、思い悩んだ。

銀行からの融資でビルを建て替えたとき、上司から「よけいなことをするなと」言われたが、ミツバチプロジェクトをはじめ様々な活動は、ビル経営にもプラスの効果をもたらしている。
「たくさんの人がここへ集まってくるようになりました。夏に開催した3日間の『はちみつフェスタ』では、ハチミツマイスター協会が会議室を全部借り上げて使っていただきました」

銀座で「ミツバチを飼育する」、「芋を作る」という遊び心が多くの人の共感を得た。銀座の養蜂を一目見たいと年間1000人を超える見学者が紙パルプ会館に訪れる。そのうち10%は海外からのお客。

「オヤジの遊び心で始めたことが、だんだん大きく広がっていった」と田中さん。
子供の遊びではなく大人の遊びだから、何らかの社会性があり、そこから幾ばくかの利益を得る仕組みを構築し、継続できるようなものにしていくことが大事なのだ。

大切なのは、「ほどほど」のビジネス感覚

目先の利益を追うのではなく、銀座から新しい価値を作りだす。
ソーシャルビジネス=社会的起業とは、観光保護や貧困問題、地域コミュニティの活性化、まちづくりなど社会的課題の解決を図るための取り組みを持続可能な事業として展開することだ。田中さんの活動は、社会起業家そのもの。10数年前に銀座で始めた養蜂は、遊びの域を越えてソーシャルビジネスに発展している。

田中さんは「ほどほどのビジネス感覚」を大事にしている。単なるボランティアではなく、と言って急拡大を目指す事業でもない。「銀座ミツバチプロジェクト」は、自らが事業収益を上げながら継続的に課題解決に取り組んできた。
「それぞれみなさんが社会の課題を解決するために、ゆるやかに支え合う仕組み作りができたのかな」と自負している。

全国、世界から視察に訪れる人たちからの、各地のハチミツ

新しい価値作りに挑戦

都市養蜂や緑化事業の活動を通して多くの新しい価値を生み出してきたが、田中さんがいま一番大切に思っていること、次世代に伝えたい価値とは何かを尋ねた。
「芋を作ったらどうかと言うと、水やりは誰がやるんだということを言い出す人がいる。そんなの自分でやればいいんです。失敗したらどうするのかとか、やる前から理由を付けて挑戦することを控えてしまう。いま情報過多の時代ですが、自分で何かに挑戦することに消極的になっている。別に失敗したっていいじゃないかと思いますよ」

銀座に自社ビルを持つある会社は屋上に芋を植えたが、鳥やカラスに全部食われて収穫ゼロ。ある大手運送会社では、葉っぱばかり大きくなって、鉛筆みたいな小さな芋が1本取れただけ。1年間の収穫はわずか38グラムという最低の新記録を作った。

「でもそれでいいわけですよ。単に花を育てるだけじゃなく、作ってものを売るという農的な活動の大切さ、そういうものを伝えていかないといけないんじゃないか。まずやってみて経験したものから見えてくる価値というものがあるんじゃないかと思う」

取材の最後に、今後の目標、計画について聞くと、田中さんは再生可能エネルギーの取り組みをあげた。福島県で太陽光発電と芋作りをドッキングさせる事業を進めるために、福島に4反歩の土地を購入した。芋畑の上にソーラーシステムを設置して、農業とエネルギーをつなげようという「営農型発電設備」計画。
農地に太陽光発電設備を設置し、農業と発電事業を同時に行うソーラーシェアリングの事業だ。

田中さんと話をしていると、新しいアイデアが次から次に出てくる。ミツバチは花から花へ飛び交い蜜を集める。本業の貸しビル業もたくさんの人を集めるのが仕事だが、田中さん自身がミツバチを引き寄せる花のような役割を果たしているのかもしれない。


取材・執筆:大宮知信/ノンフィクションライター
1948年茨城県生まれ。中学卒業後、東京下町のネジ販売会社に集団就職。その後、調理師見習い、ギター流し、地方紙・業界紙・週刊誌記者など20数回の転職を繰り返し、現在に至る。政治、教育、移民、芸術、社会問題など幅広い分野で取材・執筆活動を続ける。海外へ渡った日系移民に強い関心を持つとともに、スペインをこよなく愛し、趣味はフラメンコギター。
著書は『さよなら、東大』(文藝春秋)、『世紀末ニッポンの官僚たち』(三一書房)、『デカセーギ 逆流する日系ブラジル人』(草思社)、『お騒がせ贋作事件簿』(草思社)、『スキャンダル戦後美術史』(平凡社新書)、『「金の卵」転職流浪記』(ポプラ社)、『お父さん! これが定年後の落とし穴』(講談社)、『平山郁夫の真実』(新講社)、『死ぬのにいくらかかるか!』(祥伝社)、『人生一度きり!50歳からの転身力』(電波社)など多数。

撮影:町田康良/フォトグラファー

取材・編集:石原智/(一社)次世代価値コンソーシアム

掲載:2019年4月

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