海洋冒険家 白石康次郎 荒波を乗り越える“夏休み人生”

「ぼくたちが生きる上で、何かに困ったり、問題が起きたりしたら、それはすべて、愛と勇気と忍耐で解決できるんだ」
屈託のない笑顔と、部屋の外にまで響き渡るほどの大きな声。インタビューをする筆者やカメラマンら取材陣たちの眼をしっかりと捉え、ほとばしる思いが口からあふれ出す。
大声の主は、海洋冒険家でヨットレーサーの白石康次郎さん。
1994年に26歳という若さで、ヨットによる単独無寄港無補給世界一周という偉業を達成。これは当時最年少の記録。その後も数々の国際的なヨットレースで活躍する一方、子どもたちを対象に、海や森で自然を学習する体験プログラムを主宰している。
白石さんの言う、「愛」とは、「勇気」とは、「忍耐」とは。成長と挑戦を続ける、伝説の男の真髄に迫った。

©YOICHI YABE

プロフィール:白石康次郎
しらいし こうじろう/海洋冒険家
1967年5月8日、東京生まれの鎌倉育ち。横浜国立大学教育学部附属鎌倉小・中学校を卒業後、神奈川県立三崎水産高等学校 (現・神奈川県立海洋科学高等学校)に入学。
高校在学中に、単独世界一周ヨットレースで優勝した故・多田雄幸氏に弟子入り。
・1994年、当時26歳で、ヨットによる単独無寄港無補給世界一周の史上最年少記録(当時)を樹立。その他数々のヨットレースやアドベンチャーレースでも活躍。
・2006年、念願の単独世界一周ヨットレース「ファイブ・オーシャンズ」クラスⅠ(60フィート)に参戦し2位でゴール。
・2008年、フランスの双胴船「ギターナ13」号にクルーとして乗船し、サンフランシスコ~横浜間の世界最速横断記録を更新。
・2016年11月、最も過酷な単独世界一周ヨットレース「ヴァンデ・グローヴ」にアジア人として初出場を果たすも、マストのトラブルにより無念のリタイア。次回2020年大会で初完走を目指している。

©YOICHI YABE

ヨットレーサーとしての活動以外にも、子ども達に自然の尊さと「夢」の大切さを伝える活動に積極的に取り組んでいる。
・子ども達と海や森で自然を学習する体験プログラム「リビエラ海洋塾」開催
・「小学生のための世界自然遺産プロジェクト(ユネスコキッズ)」のプロジェクトリーダー
・2017年夏には「ヴァンデ・グローヴ」に出場したヨットで日本各地の港を回り、教育プログラムを実施
・児童養護施設への支援活動にも長年従事し、2014、2015年、高校生たちと共にヨットで逗子-伊豆大島間を1泊2日で往復航海するプログラム「大島チャレンジ!」を実施

(撮影:今井秀幸)

 

世界的なヨットレースにアジア人として初参戦

2016年11月、白石さんは単独無寄港で世界一周を目指す、最も過酷なヨットレース「ヴァンデ・グローヴ」に出場した。ヨットが国技であるフランスで4年に一度開催されるレース。フランス人の参加者がほとんどという中、白石さんは30年の年月をかけて準備をし、初のアジア人として参加する快挙を果たした。
使用した艇の名前は、『スピリット・オブ・ユーコーⅣ』。白石さんの師匠である故・多田雄幸氏の名前をつけた四代目のレース艇で、全長60フィート(約18m)。マストの高さは28m、ビルの8階に相当する。
「それまで白人以外参加できなかったレースに、日本人であるぼくが参加して、新たな扉を開くことができた。その意義は大きいと思う」

単独、無寄港、無援助が条件で、レース中は外部からの一切の援助が受けられない。南半球1周約2万6千マイル(約4万8152km)の航程を、およそ100日かけて帆走する。完走率は50%に満たないという厳しさだ。
「悔しいけれど、ぼくの艇も途中でマストが折れてレース続行が難しくなり、残念ながらリタイアした。もう、涙が枯れるほど泣いたね。でも今は、2020年の開催に気持ちを切り替え、優勝を目指して準備を進めています」

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子ども反抗期は、大人が作る

白石康次郎さんは、1967年5月8日に東京で生まれ、神奈川県の鎌倉で育った。名門である横浜国立大学教育学部附属鎌倉小・中学校に通った。一方で、小学1年生のときに母親を交通事故で亡くし、祖母、父、兄、妹と暮らしていた。
は子どもたちのやることに一切口を出さず、のびのびと、好きなようにさせてくれた。ただ一言、『自分で決めろ』と言われただけ。だからぼくには、反抗期なんてまったくなかった。『大学には行った方がいい』とか『そんな夢が実現するわけがない』なんて言って、親が大人の権威を押し付けて恐れを植つけるから子どもは反抗する。ぼくは父から自分の夢を邪魔されることがなかった」

10代で“人生の師匠”との出会い

中学校時代に、「いつか船で大海原を渡る」という夢を抱き、神奈川県立三崎水産高等学校 (現・神奈川県立海洋科学高等学校)に入学。海の上で生きていくために必要な知識と技術を徹底的に叩き込まれた。
水産高校在学中、白石さんの人生を変える出会いがあった。
第一回単独世界一周ヨットレースで、個人タクシーの運転手という異色の経歴をもつ日本人が優勝した。それが後に白石さんの師匠となる、故・多田雄幸さんだった。
「多田さんが手作りのヨットで出場し、ノックダウン(横転)や座礁などの苦難を乗り越えて優勝したという事実に、胸が高鳴った。自分もヨットに乗りたい。とにかく話が聞きたい。それで東京駅まで行って電話ボックスの電話帳で『多田雄幸』の名前を調べ、迷わず電話をかけた。電話に出た本人に『弟子にして!』と言いました」

©YOICHI YABE

師匠の”男気”を見た! 嵐の中の艇内でのんびり「○○づくり」

それからは、多田さんのレースをサポートしながら、ひたすら修行を積む日々。
「ぼくは理詰めなエンジニアタイプだけど、多田さんは正反対。とんでもない想像力と実行力の持ち主で、ぼくの中にある常識という壁をすべて打ち破ってくれた。水産高校では、海で生きる厳しさを教わり、多田さんからは海の楽しさを教えてもらったね」
多田さんを語る上で、忘れられないエピソードがある。2人で航海にでかけ、荒れ狂う海の上で、白石さんが何時間も舵をにぎっていたときのこと。
疲れてきた白石さんは少し休みたいと思い、「師匠、すみません。舵をちょっと代わってもらってもいいですか」と、船の中をのぞいた。
すると多田さんは、何食わぬ顔で餃子の皮を作っている真っ最中だった。
「荒海の中で、ただ黙々と餃子を手作りする、あの背中。すげえ!こんな男になりたい!心からそう思った。あのときの師匠の姿は、今でも忘れられません」

(撮影:今井秀幸)

失敗を経験させてくれる環境で

1994年、26歳だった白石さんは、ヨットによる単独無寄港無補給世界一周の史上最年少記録(当時)を樹立。さらに数々のヨットレースやアドベンチャーレースで活躍し、世間から注目される存在になった。
「でもね、それまでに2度、単独世界一周を失敗しているんだよね。多田さんの仲間や支援者の方々がお金をたくさん出してくれたのに、それに応えられず、本当に申し訳なく思った。もちろん、お金を返すあてなんてない。泣いて詫びるぼくに、師匠をはじめ、まわりの大人たちは『だろ』って、たった一言。それだけ。そのときね、『ああ、これはみんなの愛だ。失敗することがわかっていて、ぼくがこの経験を得るために、応援してくれているんだ』ってようやくわかった。だから、ぼくは成長することができた」

©YOICHI YABE

単独レースは、一人ではない

白石さんは3度目にして単独世界一周を成し遂げた。しかし、師匠は弟子の勝利を見ることができなかった。多田さんはうつ病を患い1991年に自殺した。
「今でも、1人で艇を走らせていると、多田さんならこんなとき何て言うかな、と考えることがある。自分がここまでやってこれたのは、師匠がいてくれたから。もう、感謝しかない。師匠は、ぼくのことをすべて認めて、失敗も含め、見守ってくれた。黙ってぼくに生意気をやらせてくれた」
2006年、白石さんは念願だった単独世界一周ヨットレース「ファイブ・オーシャンズ」クラスⅠ(60フィート)に参戦し、2位という快挙でゴールする。さらに2008年、フランスの双胴船「ギターナ13」号にクルーとして乗船し、サンフランシスコ~横浜間の世界最速横断記録を更新した。
「単独レースは、1人で大変だと思われているけど、じつは1人じゃない。本番で船に乗るのはぼく1人だけど、それまでの準備段階はみんなのチームワークが何より大切。ぼくを1人でできるように磨き上げてくれたのは、大勢の恩人の力」

(撮影:今井秀幸)

海上での孤独を上回る好奇心

それでも海に出たら、たった一人。刻一刻と変化する大自然と闘いながら、ヨットの上で毎日どのように過ごすのか。
「航海によってテーマを決めて、それに見合った本を2~3冊持っていく。2016年の『ヴァンデ・グローヴ』のときは、中村天風とマザー・テレサ。大海原の真ん中で本を読むと、本に書かれた言葉がすーっと心に入ってくる。ぼく、じつは船酔い体質なんだよね。でも、船も海も楽しいから、吐きながらでも挑戦したい。大好きなことをしているから、どんなに荒海で、1時間以上連続して寝られなくても、ストレスはまったくありません。頼れるのは自分だけという状況で、でっかい地球をまるごと相手にする。すべての原動力は『この先に何があるんだろう』『世界一周の喜びを味わいたい』という好奇心だけ。小学生のころから、マインドは何も変わっていないんだよね」

©YOICHI YABE

子どもに体験させるべきこと

楽しいこと、好きなことは、どんな過酷な状況でも耐えられるし続けられる。未来を支える子どもにこそ、こうした体験をしてもらいたい。その思いから、白石さんは自らが海で学んできたことを多くの子どもたちに伝えるために、ヨットを通じた海洋塾や自然体験プログラムなどを運営している。2017年には「ヴァンデ・グローヴ」に出場したヨットで日本各地の港を回る教育プログラムを開催した。
「いま、世の中はどんどん暗くなっている。ぼくが目指しているのは、明るく元気な社会をつくること。たとえば、100人の子どものうち、1人が公園の遊具でケガをしたとする。今の社会が真っ先に考えるのは『危険を排除せよ』ということ。ケガをさせるような遊具はすぐに取り除いてしまえ、と。すると、その遊具で楽しく遊んでいた99人は、公園がつまらない場所になり、遊びに来なくなるよね。これは正しい考え方だろうか。こんなやり方をしていれば、世の中はどんどん暗くなるとぼくは思う。大人がしなければならないのは、ケガをした子に『ケガをして痛かったよね。でも、今度はケガをしないように楽しく遊ぼう。どうしたらいいのかわからなかったら、上手に遊んでいるお兄ちゃんやお姉ちゃんたちに聞いてみな』って伝えること。そうやって、その子は成長していくんだから。子どもの成長の機会を奪ってはいけない」

(撮影:今井秀幸)

子どもたちに勇気と自信を

子どもたちに何かが起きたとき、大人たちが介入して問題解決を図ろうとするのは、まちがった教育ではないか。白石さんは、このままでは手遅れになると警鐘を鳴らす。
「ぼくの教育方針は、どんな嵐がきても乗り越えられる子を育てること。そのためには、何か問題が起きたら、愛と勇気と忍耐で解決できるようにしていかないといけない。うらみ、つらみ、嫉妬とか、そういうものは使わない。『大丈夫。ちゃんと見守っているからね』と、教師や親が大きな愛でその子を包み、認めることで、子どもは勇気と自信をもって挑戦できる。そして、ものごとが成就するまで、忍耐をもって突き進んでいけるんだ」

©YOICHI YABE

人生は思い通りに”なる”

多くの子どもたちと触れ合う中で、白石さんは一人ひとりの気持ちや個性に合わせて、声のかけ方を変えるという。
「子どもって、周りの大人に言われた言葉でできているんだよ。それまで親や教師に『これだめ』『あれだめ』って言われて育つと、自分に自信が持てず、夢を実現できない大人になってしまう。ぼくは、うちの娘にも『おまえの思い通りの人生になる』『おまえは何でもできる』って言って育てている。そのせいか、以前、娘のクラスで担任の先生が『自分のことを好きな人!』って問いかけたとき、だれも手をあげないのに、うちの娘だけが『はい!はい!大好き!』って言ったらしい(笑)。大人たちには、今からでも始めて欲しい。子どもを認めること。尊重すること。恐れを知らない子は、どんな世界でもたくましく生きていける。大人の恐れを子どもに植え付けて子どもの夢をつぶすのは、絶対にやめてほしい」

©YOICHI YABE

迷ったら“心のコンパス”に従え

明るく元気に、前向きに生きていれば、常によい判断ができる。そのためには、
「自分で自分の機嫌をとることも大切」と白石さんは言う。
心が暗くなったり、つらいことがあったりしても、そこから逃げず、喜怒哀楽をしっかり噛みしめて、自分を応援してくれる人や、優しい言葉をかけてくれる人のことを考え、心に明かりを灯していこう。白石さんも、そうやってたった一人、海の上でさまざまなトラブルと向き合い、判断を下してきた。
「ぼくにとっての幸せは、自分が自分であること。自分らしくいられること。思いと行動がいつも一致しているから、心のコンパスに従って進んでいくだけ。自分が納得している生き方だから、心の底から幸せなんだ」

(撮影:今井秀幸)

嫌いなことはするな!我慢もするな!

幸せですか?と聞かれて、「自分は幸せだ」と即答できる大人は今の日本にどれくらいいるだろうか。いや、子どもだって、同じかもしれない。
「自分は幸せだと言えない人は、嫌いなことをしていたり、昔のトラウマをひきずっていたり、だれかに認められたいから我慢して続けていたり、本心は楽しくないんだろうね。ぼくの場合、原動力は好奇心だけ。ただやりたいからヨットを始めた。やりたいことがあるって最高に幸せ。だから毎日、明るく元気に過ごせる。ぼくの人生はいつも夏休みなんだよね」

一生を夏休みにする

「“人生夏休み”ってうらやましいでしょ。どうやったらぼくみたいな大人になれるのか、聞きたい?」
体験プログラムで、子どもたちにそう問いかけると、「聞きたい!」と興味津々の子や、「人生が夏休みのわけないじゃん」と斜に構える子など、反応はさまざまだという。そこで、白石さんはこんな言葉を投げかける。
「自分がやりたいと思ったこと、楽しいと感じたことを、恐れないで一生懸命やってごらん。それが人生を夏休みにする秘訣。親や先生は『それはウソだよ』とか『やっちゃだめよ』って言うだろう。でも、そう言っているときの親や先生の顔をみてごらん。つまんない顔をしているでしょ。ぼくは好きなことしかやっていない。だから人生楽しいぞ。さあ、ぼくの話と親の話、どっちを信じる?」
そう語る白石さんの瞳は、好奇心に満ち溢れ、朝から晩まで遊びに明け暮れている夏休みの小学生そのもの。遊び場が、鎌倉から相模湾へ、そして世界の海へと、地球全体に広がったことだけが違い。

白石康次郎さんの愛艇「SPIRIT OF YUKOH Ⅳ」。師匠の故・多田雄幸氏の意思を受け継ぐ思いが込められている ©YOICHI YABE

恩は返すな、送れ!

多くの人にお世話になり、恩人たちに助けられ、見守られてここまでやってきた。この恩を直接返すことは難しい。だから“恩送り”をする。
「みなさんにいただいた恩を、今度はぼくが子どもたちに返していこう。それがぼくの考える“恩送り”です」と白石さん。
「だから、子どもたちが体験プログラムを通してぼくに感謝の気持ちを持ったとしても、その恩をぼくに返す必要はない。ぼくはみんなに感謝してもらいたくて活動しているんじゃない。楽しんでほしくてやっているんだ。いずれ大きくなって、次の世代に返したいと思ったときに、恩送りをしてくれたらいい」

(撮影:今井秀幸)

失敗しろ!冒険しろ!

白石さんが、次世代に伝えたい価値とは。
「ぼくが出会った子どもや若者たちに伝えているのは『冒険しろ』という言葉です。今の若者たちは、安全・安心な場から外に出ず、冒険の価値を知る機会がない。ここでいう冒険とは、居心地のいい自分から抜け出して、まだ見ぬその先を突き破り、困難に飛び込んでいくことです。初めての冒険はほとんどの場合、失敗する。でも、それが当たり前。冒険は人を磨きます。新しい仕事、新しい勉強、新しい仲間。いろいろなところに冒険はある。失敗したっていい。挑戦が、人を磨いていくんです」

©YOICHI YABE

冒険した者だけがわかる価値

2020年の「ヴァンデ・グローヴ」まであと2年。優勝を目指すには、新艇で臨む必要があり、10億円もの資金が必要となる。それまでに多くの賛同者を得て、資金集めに奔走し、なるべく多くのインタビューにも応えたいと意気込みを語る。
「白石康次郎という男が、いま何を考え、何を目指しているのかを、多くの人に知ってもらいたい。だから、どんな取材でも、ぼくは一生懸命にしゃべります」
その言葉通り、予定時間を大幅に過ぎても、ときに真剣に、ときに笑いを交えながら、「今の自分」をありのままに語ってくれた。

人は誰もが、世の中という大海原を渡る冒険家なのだ。白石さんは海で、私たちは会社で、学校で、家庭で。それぞれのフィールドは異なるが、これからどんな挑戦に挑み、愛と勇気と忍耐で、どんな世界を切り開くのだろう。冒険のその先に、いったい何が待っているのか。それは、たどりついた人にしかわからない。

(撮影:今井秀幸)

<白石さんの主な成績>
■1993〜94年:スピリット・オブ・ユーコー号(SPIRIT OF YUKOH)にて史上最年少(当時26歳)単独無寄港世界一周を達成(176日間)
■1996年:「エコ・チャレンジ」ブリティッシュ・コロンビア出場
■1997年2月:「レイド・ゴロワーズ」南アフリカ大会出場 日本人最高の11位
■1998年8月:双胴船「エクスプローラー号」のクルーとして、横浜〜サンフランシスコ間 世界最速横断記録を樹立(14日17時間)
■2002〜03年:単独世界一周ヨットレース「アラウンド・アローン」 クラスII 第4位
■2006〜07年:単独世界一周ヨットレース「5OCEANS」クラス I  第2位
■2008年:双胴船「Gitana13」のクルーとして、サンフランシスコ〜横浜間 世界最速横断記録を更新(11日)
■2016年6月:大西洋横断ヨットレース 「TRANSAT NY-VENDEE」第7位
■2016年11月:単独無寄港無補給世界一周ヨットレース 第8回「ヴァンデ・グローヴ」アジア人初出場
スタートから約1ヶ月後の、12月4日南アフリカ・ケープタウン沖にて、マストが突然折れ、レース続行が不可能となりリタイアを表明する。
■2020年11月:単独無寄港無補給世界一周ヨットレース 第9回「ヴァンデ・グローヴ」への出場・初完走を目指している。

取材後記 
白石康次郎さんとの出会いは、2014年の「朝日地球環境フォーラム」のテーマ別セッション「南極と北極 日本人はどう関わるのか? SHIRASEが語る日本のチャレンジ精神」でのこと。白石さんはパネリストの一人、私はコーディネーターとして檀上に並び、白石さんに質問する役割だった。どんな問いかけにも、白石さんは目をキラキラ輝かせ、真正面から語ってくれた。セッションが終わるころ、私は友人が一人増えた感覚に包まれていた。白石さんが2016年11月にヴァンデ・グローヴに出場し、テレビ朝日『報道ステーション』で洋上生放送した際には、毎晩、テレビの前でエールを送った。そのときのチャレンジは失敗となったが、2020年に次のチャンスがある。前回はマストが折れるという不運に見舞われた。しかし、次回、きっと彼はやり遂げる。今回の取材でそれを確信した。
大きな困難を前にしたときや、一人で立ち向かうことが怖くなったときには、白石さんの言葉を思い出す。「失敗なんて、どってことないさ、冒険しようよ!」。(廣川州伸)

©YOICHI YABE

インタビュー:廣川州伸/コンセプトデザイン研究所所長

執筆:小川こころ/文筆家・童話作家
福岡県生まれ。大学卒業後、楽器メーカーを経て新聞記者に。多くの絵本や作家との出会いをきっかけに、日本や海外、古今東西の絵本研究に力を入れる。2011年に独立し、取材・執筆を手がける個人事務所を設立。同時に、「ゼロから始める文章講座」や「コラムの書き方入門講座」など、執筆や表現に関するワークショップ【東京青猫ワークス】を立ち上げる。ブログ「ことばのチカラはこころのチカラ!」を運営。企画・執筆・編集などを手がけた書籍は、『キャリア教育に生きる! 仕事ファイル』(小峰書店)、『大人の美しい一筆箋活用術』『ココロが育つよみきかせ絵本 イソップものがたり70選』『ココロが育つよみきかせ絵本 世界のどうわ』『日本の神様のお話(上)(下)』(すべて東京書店)ほか

インタビュー撮影:今井秀幸/フォトグラファー  /(その他の写真とトップ画像は©YOICHI YABE)

構成:石原智/一般社団法人 次世代価値コンソーシアム

2018年6月18日掲載

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