リアルゲームが作り出す「人と人とのコミュニケーション」の時空間~株式会社ヒューマックスエンタテイメント

人が頭と体を使ってゲームを楽しむ――脱出ゲームや謎解きイベントをはじめとした、そんなリアルゲームが注目されている。「人と人とのコミュニケーション」を生み出すところがリアルゲームの特徴だ。
inSPYre(インスパイヤ)」(東京都新宿区)、「クロスポ千葉浜野店」(千葉県千葉市)、「スポル」(東京都品川区/運営受託)というアミューズメント施設を手掛ける株式会社ヒューマックスエンタテイメントの挑戦を通じて、これからの時代の「ゲーム」の役割を考える。

スパイの世界を楽しめる「inSPYre(インスパイヤ)」のスタッフ。本格的な装置と、その空間を「リアル」にさせるスタッフのホスピタリティが融合した空間

遊びの領域を拡張する「ゲーム」という概念

「ゲーム」という言葉が浸透して久しい。誰しもがなんらかのゲームに生活の中で触れるようになった。1980年代に一世を風靡した家庭用ゲーム機「ファミリーコンピューター(ファミコン)」の大流行を契機にして、ゲーム人口は年々増加の一途を辿っている。テレビゲームからスマートフォンへとデバイスは変わりつつも、いま50代以下のほとんどの人は、子供のころから何かしらの「ゲーム体験」をしてきている。
スマートフォンなど携帯端末で手軽にダウンロードできるゲームアプリも加速度的に増え、ゲームによる幼児教育や学習教材も増えている。またゲームをプロスポーツ同様のエンターテインメントに昇華させた「e-Sports」の市場拡大や、介護現場で認知症予防にゲーム性のある手法を取り入れるなど、もはやゲームは、個人のエンターテインメントの枠に留まらない存在に成長した。
こうした流れの中で、ゲームといえばモニター画像で楽しむものだと考えがちだが、「ゲーム」そのものは古来より存在する。日本で言えば、かるた遊びや将棋、花札などもゲームの一種。西洋に目を向けても、チェスやバックギャモン、ボードゲームなどは今も幅広くプレイされている。テーブルゲームだけでなく、鬼ごっこや缶蹴り、その延長とも言えるエアガンで打ち合うサバイバルゲームも「ゲーム」だ。もちろん、あらゆるスポーツも「ゲーム」だ。
つまり、歴史的に、コミュニケーションの中で頭や体(の一部)を動かし娯楽性を獲得するということが「ゲーム」の重要な要素だと言える。現在人気のあるネットゲームの多くがそうであるように、他者と協力してプレイするような、コミュニケーション性のあるゲームが増えているのは原点回帰であり、「ゲーム」というものの本質が持つ当然の帰結点だと考えられる。近年、脱出ゲームが流行の兆しを見せているのも、このような温故知新の面があると言える。

設備だけでは楽しめない、人を媒介とするリアルゲーム

こうした中で、アミューズメント施設を手がけるヒューマックスエンタテイメントは、体を動かすリアルゲームにこだわる。「リアルゲームの楽しさを伝え、新たな『遊びの世界』を創造」することが同社のヴィジョン。遊戯施設を通じて、実際に頭と体を動かすゲーム体験を提供している。
同社の言うリアルゲームとは、実際の場所で頭と体を使い、プレイヤー同士がコミュニケーションをとりながら展開していくゲームだ。
例えば東京・新宿にある「inSPYre(インスパイヤ)」はスパイになりきって楽しめる施設。新宿の繁華街にあるビル。飲食店や居酒屋が入るどこにでもあるビルのエレベーターを登り、入場の扉を開くと世界が待っている。

「inSPYre」のゲームエリア。東京・新宿のど真ん中とは思えない異空間をリアルに再現

寂れた倉庫や工場を模した「敵のアジト」のような空間。数名でひとつのチームを組み、組織のスパイとしてミッションをクリアする。指令部屋で指令を受けたチームメンバーは、盗聴機器、ナイトスコープ、レーザーなど様々な罠が仕掛けられた部屋から手がかりを見つけ、ミッション達成を目指していく。昨今人気の脱出ゲームにスパイ映画の世界観を取り入れた施設だ。「inSPYre」の特徴ははとにかくディティールにこだわり、異世界にいるかのようなバーチャル感を演出するため、プレイヤーたちも日常とは違う自分になりきって楽しめる。「007」のジェームズ・ボンドや「ミッションインポッシブル」のイーサン・ハント、あるいは最近のヒット作「レッド・スパロー」の女性スパイになれる空間だ。

小道具も本格的

実際にプレイしてみると、指令部屋に入った瞬間から、脈が速くなる感覚を体感した。制限時間はわずか10分、その間にミッションをクリアしなくてはならない。否が応でも緊張感が襲ってくる。
急ぎ指令をクリアしようと飛び込んだフィールドは完全に外の光を遮断され、薄暗く世紀末的な雰囲気を演出した倉庫基地そのものだ。不気味な存在感、今にも目の前のドアから敵が飛び出してくるのではないかというスリル……手にした銃のずっしりとした質感も手伝い、気が付くと名実通り手に汗をかいていることに気づいた。
足を進めると、スパイ映画に出てくるようなレーザートラップなど、部屋ごとに仕掛けられた様々なトラップを前にアドレナリンが出てくるのがわかる。だが、「inSPYre」の真骨頂となるのは、こうした装置演出ではない。

株式会社ヒューマックスエンタテイメント代表取締役社長、林祥裕氏

「弊社では、『脱ハード宣言』をしています。ハード、すなわち施設で使うような発信装置や武器などはあくまで道具であり、主役ではありません。大事なのは、人をどれだけ媒介させてお客様を楽しませるか。主役は、必ず人でなければならないんです」と同社の林祥裕社長は語る。敵役である施設スタッフが世界観を作り出し、装置演出がもたらす高揚感が後押しすることで、来場者はその世界の住人に自然になりきれる。
来場者はムリに演技をする必要はなく、覚悟を決めて自らスパイゲームの世界に飛び込むでもなく、気が付いたらスパイの一員としてそこにいることができる空間。そして、自分と家族、自分と友人、あるいは自分と恋人という日常的な関係性ではなく、スパイチームのメンバー同士という新たな関係性の中で、瞬間的に生きることができる。
「inSPYre」の売りはまさにこの「人と人とのコミュニケーション」の一点にある。現場にいる同社のスタッフ(「inSPYre」の場合は敵の組織の構成員)が、敵と味方というシンプルなコミュニケーションを徹底して表現している。

「武器」の使い方は、スタッフが丁寧に教えてくれる。こうしたコミュニケーションがリアルな体験につながる

スタッフの一人に話を聞くと、「リアルゲームで大事なのは、スタッフである私たちがとことん楽しもうとする姿勢です。お客様が主人公ですから、スタッフは必然的にヒール(敵役)になる。ヒールとしての自分を楽しんでいないと、お客さんに心地よい緊張感をもたらせません。お客様を本気で驚かせ、慌てさせるということを私たち自身が楽しんでいかないと、お客様も感情を揺さぶられないですから」。
実際に俳優、女優として舞台などで活躍しているスタッフもいるだけに、来場者は無理なくスパイの世界に入り込める。シェイクスピアの有名な言葉に「世界は一つの舞台であり、すべての人は、その舞台の役者にすぎない」というようなものがあるが、まさにそれを体現している。

リアルゲームの後にくつろげるカフェも併設されている

敵役として対峙するはずのスタッフが、「仕事だから」という態度では参加者が感情移入できないからだ。演技力はもちろんのこと、「この敵を倒さなくてはいけない」という緊張感や没入感を客に与えることがスタッフの重要な役割だ。そうした環境を提供できるからこそ、参加する客同士の間でも照れや遠慮が消え、その世界に沿ったキャラクターと化していくことができる。
設備や小道具は本物志向で設備投資を徹底したうえで、さらに「人」に磨きをかける。空間と参加者する客を媒介する適役のスタッフ、すなわち「人」をどれだけ活かすかに同社は心血を注いでいる。参加者の気分を高揚させ、参加者間に日常にはない特殊な連帯感を生み出し、世界観にどっぷりとつかるための空間の用意し、それを駆動させる現場のスタッフがいることが同社の強みだと言える。

カフェ空間もスパイの世界観を維持

VRで「ゲーム」は変わるのか?

こうしたリアルゲームの隆盛の一方で、近年注目が高いのがVR(バーチャルリアリティ)ゲーム。顔にゴーグルを着用して楽しむ仮想現実のゲームだ。
ビジネスの側面から見れば、VRゲームは投資効率が高い。リアルゲームの場合、スタッフの確保・育成や、大規模な設備投資や更新も必要である。リアルゲームに力を入れる同社は、この課題をどう克服するのか。
「今後のエンターテインメント業界でVRの技術はコンテンツの成否に大きく影響する重要な指標になっていきます。仮想現実があれば、現地に行かなくてもいいわけですからね。わざわざ遠方のゴルフ場へ向けて車を走らせなくてもいいですし、何泊も日数をかけて山登りに行かなくてもよくなるかもしれません。エンタメ施設の最大の弱みは、ハードに依存している部分が多いことですから」
だが、と林社長は続ける。「エンターテインメントがVR一色に染まるかといえば、そうは言いきれない」。

「inSPYre」は林社長の強い思いから生まれた施設。ときには自らもスパイになりきって楽しむことも

確かに、VRが進化してもゴルフなどのスポーツが消えるということは考えにくいし、友人たちと励まし合いながら山を登る体験に価値を見出す人が激減するということはないだろう。
そのカギは、やはり「人と人とのコミュニケーション」だ。
仕事だけ、家庭だけといった狭い世間だけでは、「人生100年時代」を過ごせない。いかに人生を楽しむかという価値観が重要視される社会に変容しかけている今。「誰かと何かを体験する」というコミュニケーションを伴う娯楽は裾野を広げていくはずだ。

「弊社においても、新発想をする際に、『汎用性が高い』という視点が大事なキーワードになっています。遊びは、そこに介在する人によってどんどん変わっていくものであり、変わるべきなんです。衣食住と同じくらい、遊びは大事になってくる。特にこれからはシルバー世代がお金も時間もかけて遊ぶということが各所で予想されています。多くの人に「ああ楽しい!」と言ってもらえる時間を提供したい。娯楽に関わる企業としては、様々な遊びを経験できる場をどんどん作りたいですね」と林社長。

株式会社ヒューマックスエンタテイメント代表取締役社長林祥裕。株式会社ワンダーテーブル入社後、営業セクションを経て、2013年にグループ会社であるサンヒルズ(現ヒューマックスエンタテイメント)代表取締役社長に就任。「人」が提供するアミューズメント施設を次々に形にしている

人生の時間が伸びたことで、遊びを通じた体験が人生を豊かにすることに誰もが目を向け始めた。今まで以上に、あらゆる世代に「人と人とのコミュニケーション」の場が必要になる。
千葉市にある同社の「クロスポ」は、ボウリングやミニゲーム、ボルダリング、トランポリンなど小さい子供を含む家族全員が楽しめる施設として人気を集めている。また、2018年8月には、東京・品川区に新展開した複合スポーツ施設「スポル」の運営委託も受けている。7000坪にも及ぶ広大な敷地に、フットサル、テニスコート、サーフィン用プールなど様々なスポーツ施設を配置した、従来にない巨大スポーツテーマパーク。好調なスタートを切っている。

アミューズメント施設の規模が大きかろうが小さかろうが、人が人を楽しませるという原理原則は変わらないというのが林社長の考え方。子供のころに頃に友人を招いて誕生日会を企画していたあの感覚。誰かを喜ばせるために考えるサプライズには、提供する側、提供される側それぞれにドキドキする高揚感をもたらす。本来、この感覚は大人になっても変わらないものだ。しかし、多忙な日常のなかでいつしか忘れてしまいがちだ。無邪気さと、遊び本来の楽しさをリアルゲームやアミューズメント施設に落とし込む。これこそがアミューズメント企業の真髄だろう。
ゲーム、娯楽の要素の中に「人と人とのコミュニケーション」が内包されている、温故知新の“リアル”コンテンツ。今後の「遊び」の変化のカギを握るキーワードになるはずだ。

取材・執筆:新田哲嗣/岡山県倉敷市生まれ。執筆・編集にとどまらず、舞台演出・脚本やマンガ原作も手がける。主な著作に『マンガでわかるすごい!記憶術』、『マンガでわかる論理的に話す技術』(SBクリエイティブ)、『キッカケノコトバ』(パブラボ)など。新堂プロ作家部門所属、日本放送作家協会会員、武蔵野学院大学特別講師。キャスティングアカデミー新田哲嗣サイト

撮影:樋宮純一/フォトグラファー
長野県生まれ。第一企画 写真部などを経て独立。人物から建築、料理、商品まで幅広く撮影を手がける。

取材・編集:石原智/(一社)次世代価値コンソーシアム

掲載:2018年12月

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