雪の中の動物園、あのブームの後で~旭山動物園のさらなる挑戦~ 第3回~最終回~ 優しい人を育てる動物園

旭山動物園の第3回の記事。第2回では、地方自治体の動物園が抱える課題を垣間見た(第2回の記事はこちら)。第3回(最終回)は、動物園のあり方を問い続ける旭山動物園の理念について坂東元(ばんどう げん)園長に話を聞いた。旭山動物園が未来に伝えたい価値とはなにか。

「動物園は動物を見せているのか?」の問

検索エンジンで表示された旭山動物園の検索結果ページ

インターネットの検索エンジンにキーワードを入力すると、検索結果ページが表示される。そこには、検索したサイトに関して短い説明文が表示される。多くの動物園は、どんな動物がいるのか、開園時間やイベント情報といった内容が書かれている。

旭山動物園の公式サイト説明文は「伝えるのは、命」と、理念だけをストレートに出している。このようにメッセージを前面に出しているのはいつからなのだろうか。

「20年前くらいから個人的には言っているような気がします。動物園は剥製を見せているのではなく、生きている動物を見せているんです。まさに命ですよね。動物園としては15年くらい前から発信しているメッセージで、『伝えるのは、命』の後にさらに『つなぐのは、命』という言葉が自分の中にはあります」(坂東元園長。以下同)

旭山動物園にはイヌも展示されており、足を止めてイヌをじっと見つめる来園者も多い(撮影:王麗華)

このようなメッセージが生まれたきっかけは何だろうか。

「私が旭山動物園に入った時、スタッフは10人くらいでした。その時『ここはあと数年でなくなるかもしれないぞ』と言われたことが心に残っているんです。当時はゴリラやゾウといった人気の動物もいたのですが入園者は減っていました。そんな状況の中で、『お客さんはここで何を見て、何が心に残るのかな』と考えてみたんです。動物の姿だけを見るだけだと飽きられてしまう。お客さんが”動物たちの命(いのち)”と向き合うことができれば『もう見飽きちゃったから、他の動物入れてよ』なんて言われるようなことはないのではないか。動物たちを生き物として見ればその日その日で変化していることもわかる。命あるものとしての動物をお客さんに伝えることを強く意識し始めました。そこから生まれたメッセージが『伝えるのは、命』なんです。その命を伝えるには動物が活き活きと動けるような環境を整えなくてはいけない。また、動物園は人のエゴで作ったものですから、その原罪はずっと背負わなくてはならないんです、絶対に。動物の一生を預かるのだから、その一生をどう豊かにしてあげられるのかを考えるのが原点です。何千万年、命がつながってきた。一回でも途切れていたら、その個体はここにはいません」。

動物たちの命を伝え、さらに次の命へとつないでいく。そして、その生命の大切さを、来園者に伝える。「伝えるのは、命」。旭山動物園は、ただ真っすぐに理念を発信している。

10年前に筆者が坂東園長に書いてもらった言葉が「今は未来のために」である(撮影:王麗華)

同じ生きている動物でも野生動物とペットは違うということを坂東園長は著書の『動物と向きあって生きる』(角川文庫)で訴えている。本書の初版が出た12年前には、坂東園長は旭山動物園の獣医。園長となった今でも、この考えに変わりはないのか。

「今も変わらないですね。『動物愛護』などの言葉が今の時代氾濫していますが、それって人間の価値観ですよね。僕らの価値観だけでとらえるのではなく、自然の循環というような大きな枠組みで本質的に捉えることが必要なのではないでしょうか。例えば、30年ほど前は『殺処分禁止』なんて言葉はなかったですよね。お金を基準にした環境を人間は作り上げてしまったように、人間だけが唯一自分たちに合せて自分たちで環境を変えてしまっている。人だけが生命観をどんどん変えてくるんです。たった数十年で生命観に対するアプローチ方法がまったく別のものになっている。十数年後には、今とはまったく別の生命観を人間は訴えていると思いますよ」

「来年の予測をしたって努力をしなければ実現しない。その日その日の積み重ねが未来になる」と坂東園長(撮影:白川裕将)

カラスの展示が伝えたいこと

昨年亡くなったウンピョウの檻の中はガランとしていた(撮影:王麗華)

旭山動物園は2017年7月に開園50年を迎えた。この節目を迎えて、旭山動物園が目指してきたものがどれだけ実現したのか振り返ってもらった。

「ただ単に動物の種類や姿を見たいという思いでうちに来る人はいないのではないか。うちよりも大きい動物園に行けばあたりまえにいるような動物しかいませんから。そうじゃない何か別の目的をもって見に来てくださっているのだと思います。淡々とした命のバトンタッチ、生まれました、死にました、そういうものは隠さずに公表していくというスタンスを旭山は大切にしています。動物を使って『〇〇だから見に来て』ということはしない。だけど、私たちの理念や考え方に共感してくださったり、一定の評価をくださったりした方が増えていった。そういった50年だったと思う」。

動物を見世物として娯楽的に展示するのではなく、動物学や環境学などをベースとした展示のあり方を大切にする。そうした動物園としての本懐が来園者に理解されている稀有な場が、旭山だ。

1月初旬。カラスの吐く息も白い(撮影:王麗華)

ペンギンやホッキョクグマの「行動展示」で有名な旭山動物園だが、園内を歩くと身近な生き物の素晴らしさを伝えたいという思いもあることに気づく。真っ黒な「フツーのカラス」が展示されていることからも、その心意気が伝わる。

そして現代の日本に住む著者を含む多くの人が、生き物についてわかっていないことに思いいたる。私たちは、動物の動物園でしか見られないようなキリンやパンダについてはいろいろと情報を持っている。一方で、身近に飛んでいるような鳥や虫については知らないことが多い。

「明日ライオンが決ますよと言われても慌てることはありませんけど、急に身近な野生の生き物などが連れてこられたら何をどうしていいかわからないことが多くて困ると思います。30年前(の旭山動物園)はそういった保護して放せなくなった動物たちが半分以上いるような動物園でした。命という関りを持つと、身近な生き物の方が全然わかっていないんだということに直面するんです。そして身近な生き物の素晴らしさに気づかされる。その想いが旭山動物園には脈々と受け継がれています」

小学校での出張授業では動物の骨なども使って説明をする(撮影:白川裕将)

動物への恩返し--旭川出身者が「ちょっと優しく」なれる

旭川市の動物園という立場から旭川の子供達の野生動物に対する価値観は変わったと感じるか、ストレートに質問してみた。

「わからない、難しい。でも、本来本質はそこにあるんですよね。初めて見るペンギンが蝶ネクタイをしたペンギンなのか、それとも、水の中をビュンビュン飛ぶように泳ぐペンギンなのか。小さな差かもしれないがそこが原点なのかもしれないと思っています。自分たちの思っている本質に届いているのか……」

水槽の中を飛ぶように泳ぐペンギンの姿が見られる(撮影:王麗華)

全国からたくさんの人がつめかけるという一大ブームを引き起こした旭山動物園だが、周囲からの評価を素直に喜ぶことは難しいようだ。

「うちの評価のされ方について、『集客をして経済効果を出した』という点が強調され過ぎてしまった。それを子供達がどう捉えているのか。ただ単に旭川の観光施設としてしか子供達が捉えていないのだとしたら、自分達が思っている本質にはまだ届いていないのかもしれない。旭川の旭山動物園が、旭川市民にとって誇れる財産だと思われるようになるには、たとえば、旭川で生まれた子供達が旭山動物園で動物たちを見て『ペンギンでもスズメでもカラスでも身近にいる生き物も、みんな等しく素晴らしいな』と本質的なものを感じて育ち、社会人になったときに「旭川出身のやつってちょっと優しい人多いね」って周りに言われるようになる。それは旭山動物園でずっと動物を見て育ってきたことにつながっているんだって。そうなったときに、本当に初めて旭川に旭山動物園があったことが本当の誇りになるし、旭山動物園で動物を飼育していたということが、その動物に対しての恩返しになる」

身近な動物たちを集めたこども牧場(撮影:王麗華)

旭山の価値--命を感じる場としての動物園

真っ白な雪で覆われた旭山動物園の朝は凜とした空気が漂っていた(撮影:白川裕将)

旭山動物園が理念をとおして、未来に残したいものは何だろうか。

「人は貨幣環境という疑似的な環境をつくりあげ、科学や医学も進歩してきたけれど、進歩すればするほど、他の生き物が滅びるスピードが残念ながら加速していますよね。僕らの技術とか科学とか、それを選択している僕たちも含めて、結局他の生き物と上手に生きられないようなものに価値を見つけ続けているんだと思っています。所詮、人も生き物。人同士がうまくいかないのは当然の流れなのかなと。今、人同士がうまくいかなくなり始めて、大きな社会問題になってきていますよね。だからこそ、もう一度他の生き物と一緒に生きるという優しさだったり、認め合う方法だったり、そこに向き合わないともう未来がないのではないかと思います。

過去の文明も局所的な環境破壊などで文明が滅びていますよね。当時の技術の粋を極めたとき必ず滅びるのです。今までずっとその繰り返し。もしかしたら今、僕らはそこに片足を突っ込んでいるのかもしれなくて、それはきっと原子力なのかもしれないと思っているのですが……。そこに今気づかないとまた同じことになる。だけど今度は局所的じゃなくて、全地球的に滅びてしまうと思うんですよ。地球上のほぼすべてての生き物を巻き添えにしてしまう絶滅のしかたになると。

僕らの生命観はすごく都合がいいですよね。自分にとって気持ち悪かったり不愉快になったりするものは奪ってしまうし、牛とか豚を食べることには何も言わない。僕らが作る野菜に毛虫が付いたら害虫だけど、山にいる毛虫は害虫じゃない。人がいるから害虫がうまれるわけで、本当は何か生き物としての共通のベースが絶対にあるはずですが、そういう本質的なものを自分らは全然理解していない。だからこそ、動物園を通して、生き物のすべてに共通する何か、たくさん生き物がいる同じ空間の中にいたらなんだか心がすごく穏やかになれるとか、優しい気持ちになれるとか、物質的な豊かさではなく、何か他の幸せの感じ方、僕らの動物としての本性がどこかにまだきっと残っているはずで、それを感じてもらえるような動物園でありたいんです。

だから、旭山動物園として未来に残したい価値、それは『命を感じる感性』。旭山動物園はそれを育む場所でありたいと思います」

旭山動物園が未来に残したい価値は「命を感じる感性」である(撮影:白川裕将)

人口約30万人の旭川市にある旭山動物園。一公共施設として地域のことだけを見つめるのではなく、地球規模で人間も含めた動物全体を考える場として存在している。動物の展示方法という外面だけでなく、園長を始めとしたスタッフ関係者が共有する確固たる信念を発信しているからこそ、たくさんの人が惹きつけているのだと感じた。

王麗華(おう れいか)
1978年、愛知県生まれ。幼少期を自然豊かな北海道で過ごす。大学卒業後、地方局のアナウンサーとしてニュース・情報・エンターテインメント・天気番組を担当する。その後フリーランスで在京キー局の番組に携わったのちに、国会議員秘書に転身。結婚、出産、子育てとライフスタイルの変化に合わせてキャリア(いわゆるジャングルジムキャリア)を積む。一般社団法 次世代価値コンソーシアム代表理事。

編集:石原智:社団法人次世代価値コンソーシアム

公開:2018年3月28日

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