世界有数のリゾート地~伊豆の 魅力を満喫できるリゾート列車

伊豆高原駅にある伊豆急行本社応接室には、下田寝姿山にある碑の文字が飾られている(撮影:樋宮純一)

伊東から下田を結ぶ伊豆急行。その設立の濫觴は、明治時代より続く鉄道敷設という地元の強い要望と、交通網を整え、伊豆を日本有数の観光地にするという、東急電鉄創始者、五島慶太会長の伊豆観光開発構想が志を同じくして、1956年2月1日東急電鉄が伊東―下田間地方鉄道敷設免許の申請を行ったことにある。そして1959年4月東急電鉄は「伊東下田電気鉄道株式会社(伊豆急行の前身)」を設立し、1961年2月、社名を伊豆急行株式会社と変更、同年12月10日、運輸営業を開始した。

残念ながら、開通を待たず、五島慶太会長は亡くなってしまう。伊豆の東海岸線を走った伊豆急行の開通祝賀電車には、想いの実現を観ることなく逝った慶太会長の遺影があったという。彼の伊豆の活性化への思いは、「伊豆とともに生きる」という社是のもと、今も、伊豆急行社員一人ひとりの心のよりどころとなっている。

伊豆急行では、JR九州『クルーズトレイン ななつ星in九州』をはじめ、ローカル線や路面電車、駅舎などを通じて地方活性化に貢献しているデザイナー水戸岡鋭治氏の手による観光列車『ザ・ロイヤルエクスプレス』が開通1周年を迎えた。4年前に横浜のホテル総支配人から異動し、伊豆の魅力を強く発信する使命を持って陣頭指揮をとる小林秀樹社長にお話しを伺った。

赴任してからずっと伊豆の魅力を感じている、と語る小林社長(撮影:樋宮純一)

伊豆の魅力を伝えたい

あまり知られていないが、伊豆半島はおよそ100万年前、はるか南の海底火山が、フィリピン海プレートに乗って北上し、日本に衝突し、その後噴火活動により、約60万年前、現在の伊豆半島に近い形になったといわれている。

「私も伊豆が海底火山からできたことをこちらに来て初めて知ったのですが、思わず子どものころにテレビで観ていた『ひょっこりひょうたん島』を思い出しました。伊豆半島は、度重なる地殻変動や火山活動で形成された変化に富む地形が特徴で、その世界的価値が認められ、2018年4月、ユネスコにより世界ジオパークに認定されました。」(小林社長)

伊豆半島ジオパークは、本州に衝突した地質体としての「伊豆」と、文化圏・観光圏としての伊豆(かつての伊豆国)の共通部分である静岡県東部7市8町をエリアとしている。その特徴は、深い海と崖のある山が入り混じっている地形そのものにある。

「世界ジオパークの認定に挑戦するのは2回目でしたが、2015年に世界認定がユネスコの正式事業となったことから、ユネスコ認定の日本の第一号になろうと、県、市町一丸となって取り組みました。伊豆急行も微力ながら、1編成の車内をジオサイトの紹介にあてたジオトレインを運行し、お手伝いをさせていただきました」(小林社長)
歴史的にも、地形的にも貴重な世界ジオパークとなった伊豆半島だが、観光客にとっては、東京から2~3時間の位置で「海」も「山」もあり、多角的な魅力があることだろう。

まず「海」の魅力について見ていこう。伊豆は様々なマリンスポーツを楽しめるところだが、特にダイビング。伊豆半島を取り囲むようにダイビングスポットが数多く点在し、初心者から上級者まで楽しめる。中には海洋生物学者により生態調査も行われたハンマーヘッドシャークが見られることもある、下田市に属する無人島の神子元島(みこもとしま)など世界的に注目されているエリアもある。ダイビングの場合、駅でのピックアップが行われるケースも多い。また渋滞などで集合時間に遅れないように、定時性に優れた電車を選択する人も多いという。伊豆急行では、電車1編成を使って沿線にあるダイビングスポットを紹介している。

「私もダイビングスポットがこんなに身近にあることを知りませんでした。首都圏から近く、手軽に来られるエリアとして、これからはじめる未経験者の方や、外国人の方などにもダイビングの魅力や、伊豆の海の素晴らしさをお伝えしたいと思います」(小林社長)

伊豆急行では、この他にもダイビングスポット紹介の英語版、中国語版DVDを作り、駅の待合室などで上映している。今後旅行会社との商談会の折にも紹介をしていく予定という。先日も、中国の旅行サイトの関係者が伊豆のサイト開設のための取材にきたが、本人もダイビングをするらしく伊豆のダイビングの話に、非常に興味をもったという。

「ダイビングへ外国人を誘客するには、言葉の障害もあり、すぐには難しいと感じています。しかし、海外の方に伊豆の海の魅力を知ってもらい、近い将来、新たな日本の楽しみ方としてダイビングが認知されることを期待しています」(小林社長)

最近、観光も体験型、経験型にシフトしてきた。観るだけではなく行動するアクティビティ(遊び)を求める人が増えた。特に静岡県は2020年の東京オリンピック・パラリンピック競技大会の自転車競技の会場となることもあり、伊豆でも自転車を推進する市町も多く、サイクルイベントや海外のサイクリストへのアプローチなどが行われている。伊豆急行でも自転車に注目しているという。

「伊豆急行の本社のある伊豆高原は、周囲に山あり、海ありのアップダウンの激しいところですが、周辺には、城ヶ崎海岸のつり橋や風光明媚な大室山といった景勝地や、オルゴールやアンティーク人形のミュージアム、個性的でおしゃれなグルメスポットなどが点在しています。これまではバス、タクシーでの移動がメインでしたが、昨年新たに電動アシスト付きのレンタサイクル「伊豆ポタ」を始めました。
想像以上に好評で、初日に借りていただいたなかには、70代のご夫婦もおられ、アクティブシニアの方も結構利用されています。アシスト付き自転車は世代を超えて評判がよく、こまめにいろいろな観光スポットを巡りたい方には最適な2次交通だと考えています。最近は外国の方のご利用も増えています。私も乗ってみましたが、自然の風を感じながら伊豆高原の観光スポットを巡るのも爽快で、とてもいいものです」(小林社長)

伊豆急行では、自転車を電車にそのまま載せられるサイクルトレイン(時間、列車等制限有り)や、一部駅でのサイクルラックの設置、タイヤチューブも販売している飲料の自動販売機の設置など積極的に自転車ユーザーへの取組を行っているという。

海と山に囲まれた伊豆は、花の見事さでも知られている。毎年100万人近くが集まる河津桜は全国的に知られているが、下田公園(城山公園)にある紫陽花も見事だ。その種は100以上、15万株300万輪で日本一の群生と言われている。毎年6月に『下田あじさい祭』が開かれ、公園がにぎわう。この他下田の爪木崎の300万本の水仙、樹齢100年を超える古木を有する熱海の梅園、河津のバガテル公園のバラ、伊東市の小室山公園の10万本のつつじなどが季節毎に咲き乱れる。伊豆を舞台にした有名な『伊豆の踊子』の著者であるノーベル文学賞作家の川端康成は、『伊豆の旅・伊豆序説』という著作で『伊豆半島はいたるところに自然の恵みがあり美しさの変化がある』と述べている。

「4年前から伊豆に住んでいますが、街中の共同浴場が温泉で町内会の人は、毎日格安で温泉を楽しんでいます。また、山あいの川に隣接した温泉や、海に面し、波の音を耳にしながら入れる露天風呂など、身近なところで情緒溢れる温泉を満喫できるのも魅力です。もちろん海の幸も豊富で、伊豆の名産品の金目鯛やサザエ、イセエビなど高級食材はもちろんですが、朝獲れのアジなど、地魚の美味しさも侮れません。私もこちらにきて見様見真似で魚の捌き方を覚え、時々お造りや干物を作って悦に入っています」(小林社長)

伊豆には、さまざまな魅力がある(小林社長)(撮影:樋宮純一)

小林社長は、伊豆で生まれた人のようにふるさと自慢を始めた。東京からそう遠くない地域なのにホタルが観られる場所がある。タケノコ狩りもできる。あちこちで花火大会がある。特に8月の伊東の按針祭の花火は、海岸にごく近いところから打ち上げられるので、砂浜の席から見ると、花火が真上に感じられるほど迫力がある。干物づくりや地引網もある……確かに家族と一緒に伊豆に来た子どもにとっては貴重な体験になるだろう。

「忙しくて、なかなか子どもとゆっくり過ごせない方も、伊豆は、首都圏から近く、比較的手軽に来られますので、豊かな自然とふれあいながら、ぜひ親子の心に残る思い出を作っていただけたらと思います。そして車の旅とは一味違う鉄道の旅もお勧めしたいと思います」(小林社長)

電車の中では、みんなで向き合って車窓に広がる海を眺めて話をすれば、家族同士のコミュニケーションも深まるだろう。家族だけではない。駅員が声をかけてくれ、地元の人が話しかけてくれる。見知らぬ人に親切にされ、逆に親切にすることもあるだろう。そこは家庭とも学校とも違う、一般社会の縮図があり、いろいろな人間関係のコミュニケーションがある。電車という小さな社会でも様々なルールがあり、その上で楽しみがある。

「4人掛けの席で家族でお弁当を食べたり、車窓を見ながら、わいわい騒ぎ、楽しく目的地へ向ったり、車の運転をしないお父さんともゆっくり話ができます。車内では、地元の方や車掌さんに、おいしいお店や、観光スポットを教えてもらうのも素敵な旅の思い出となることでしょう。また車内にはいろいろな伊豆の情報があります。例えば伊豆急線では伊豆七島の見える場所があります(天候によります)が、8000系の電車では海側の車窓に、シールで島の絵と名前が描いてありますのでお子様と一緒に、島の名前を当てながら乗るのも楽しいと思います」(小林社長)

伊豆急行では、伊東駅から伊豆急下田駅まで1駅ずつ歩く「全線ウォーク」というイベントを開催し、14年間続けている。まず伊東駅で入場券を買い、次の駅で入場券を見せるとこれまで伊豆急行線を走った電車のバッジがもらえる。それを1個ずつ集めながら伊豆急下田駅まで全線を歩くと、完歩賞としてバッジを収めるケースなどがもらえる。2017年には「ザ・ロイヤルエクスプレス」のバッジが登場した。

正確な数ではないが、各駅でバッジを手渡した数から、第14回では、延べ27000人が参加し1571名が、約74キロを完歩している。中には一人で何度も完歩している人もいた。

「私も4回参加しましたが、歩くことで、これまでクルマや電車では見過ごしていた景色や珍しい植物や鳥などに出会い、益々伊豆に親しみを持てるようになりました」(小林社長)

それもまた体験型観光の提案であり、自然に恵まれた伊豆ならではの地域貢献の形となっている。

第14回伊豆急全線ウォーク完歩記念バッジ右下が『ザ・ロイヤルエクスプレス』(撮影:樋宮純一)

伊豆東海岸のリゾート列車

開通以来、伊豆急行では45.7㎞の路線で4億人以上のお客様を運んできた。開通後、第1次の車両は「100系」という車両で、後継車は「1000系」。しかし伊豆急行では、マイカーブームを意識し、これまでの延長での車両ではなく『観光路線の伊豆急行らしいコンセプトの車両』をつくろうと考えた。その結果、昭和60年(1985)に世間から大きな注目をされる『2100系リゾート21』が生まれ、体験乗車のツアーができるほどの人気車両となった。

リゾートがテーマゆえ、先頭車両の一番いい眺めを運転士だけが観られるというのは、いかにももったいない。リゾート21では、先頭車両は大きく窓を切り取り、座席を劇場のように階段状で眺望が楽しめるようにした。続く車両は座席を、海側は海を向いて座り、山側は正対する座席と分け、左右非対称にして眺望が楽しめる車両とした。当時としては画期的なことであり、日本初の試みだったことだろう。また伊豆急行は女性運転士を日本で初めて採用した会社でもあるという。

「当時の先輩方が、鉄道会社の固定観念を超えて、電車の旅をいかに楽しんでいただくかにフォーカスしたことで、斬新な素晴らしい列車となり、多くのお客様の支持を得ることができたのだと思います。翌年には鉄道友の会の『ブルーリボン賞』をいただくこともできました」(小林社長)

電車に乗ること自体の魅力を創造してきた(撮影:樋宮純一)

リゾート21で始まった『電車に乗ること自体を楽しむ』という視点は進化を続け、その後のリゾート21は、さまざまなテーマでオリジナリティあふれる電車が登場した。

たとえば2004年の下田開港150周年記念で作られた『黒船電車』は、リゾート21を下田に来航した黒船に見立て、シックで重厚な黒色に塗装したもの。通常は普通列車として、熱海から伊豆急下田駅間を運転している。車内には黒船の来航を始めとする幕末の歴史や当時の下田の資料や図版などが展示されている。小さな子どもにはやや難しいかもしれないが、歴史好きにはたまらない内容となっていた。

伊豆急行公式キャラクターの「いずきゅん」(撮影:樋宮純一)

2017年2月に登場したキンメ電車は、子どもたちにも大人気。車両全体に、遊び心が溢れている。まず、車両の色に特長がある。赤を基調とした外装で、窓の下には金目鯛のイラストが、たくさん描かれている。さらにその下は電車としては珍しく、下部が銀色になるグラデーションとなっている。

「キンメ電車は7両編成ですが、3号車に『キンメ博物館』として金目鯛のうんちくをパネルにしました。深海魚の金目鯛は赤い色が特徴ですが、海の中では、むしろ銀色をしていると聞きました。そこで車両の外装は上部が赤く、下部が銀色のグラデーションと決めました。ところが、いざ塗装をしてみると、初めてのことですから、なかなかうまくいきません。何度やり直しても思うような色にならず、結局シールを使うことにしました」(小林社長)

キンメ電車は、金目鯛をPRする地域プロモーションの役割も担っている。伊豆急行から6地域の市町に声をかけ「車内は金目鯛をはじめとして、特産品など市町のPRの場として使ってください」とお願いしたのである。

「これは社員のアイディアですが、供給サイドが意図的に広告するより、鉄道が通る各市町が金目鯛を中心にすえながら地域の魅力を打ち出してくれたほうが、お客様にとって価値があり、電車に乗る楽しみも増えると考えたそうです」(小林社長)

椅子のシートや内装には「ハートの目をした金目鯛」がいるらしい(撮影:樋宮純一)

キンメ電車をつくってから、子ども連れのお客から「次の金目電車は何時?」という問い合わせが出てきたという。テレビロケも増え、「自分のスケジュールにあった普通電車が『キンメ電車』に当たった。ヤッター!」というようなコメントも多くいただくようになったそうだ。

このキンメ電車には、椅子のシートや内装のあちこちにも小さな金目鯛のイラストが配置されている。その中でたまに「ハートの目をした金目鯛」がいるらしい。公表はされていないが、ハート目の金目鯛は、ときどき場所を変えることも。一度見つけたからといって同じ場所にあるとは限らない。

「ハート目の金目鯛はなかなか見つかりません。見つけたらラッキーだと思います」(小林社長)

究極のリゾート列車『ザ・ロイヤルエクスプレス』

伊豆高原駅車庫。『ザ・ロイヤルエクスプレス』を前に小林社長と木田川雅弘取締役(撮影:樋宮純一)

JRの横浜駅と伊豆急下田駅を結ぶ観光列車『ザ・ロイヤルエクスプレス』は、2017年7月に運行を開始してから1年間で約4000名のお客様に利用された。JR九州の豪華寝台列車『クルーズトレイン ななつ星in 九州』を手掛けた水戸岡鋭治氏により設計、デザインされた8両編成の観光列車。

その価格は、片道の食事つき列車が25000円と35000円のコースがあり、決して手軽とはいえないものの、これまで乗客の約10%がリピーターとみられ、その人気が窺える。

「『ザ・ロイヤルエクスプレス』は、定員約100名、8両編成の列車です。プランにより、お食事をする号車と座席のある号車が違っていたり、ウェディングなど多目的に使える車両やファミリー向けの車両などを有し、すべての車両が異なるデザインでできています。この列車自体で、すぐに利益がでることは期待していませんが、『ザ・ロイヤルエクスプレス』に乗るという、伊豆の旅の目的が一つ増え、伊豆の観光の活性化という意味で、大きな価値があると考えています」(小林社長)

落ち着いた照明のゆったりとしたボックス席(撮影:樋宮純一)

列車の色は、列車の名称「ROYAL」のイメージから、古代より高貴な色とされてきた、ロイヤルブルーをベースに金色のアクセントを配している。そしてこの色で、伊豆の海の碧、高原や山々の青など伊豆をイメージしているとのこと。独自の存在感を醸し出している。

重厚感あふれる社内(撮影:樋宮純一)

「組み木細工、寄木細工、家具など木の素材をふんだんに使い、きめが細かく、かつ、温かみ溢れた水戸岡氏の設計、デザインに加え、お料理の監修にはスペインの世界一予約の取れないといわれる三ツ星レストラン『エル・ブジ』で腕を磨いた山田チカラ氏と、大分県の料理店『方寸』の社長であり、フードコーディネーターである河野美千代氏、そして飲み物の監修は世界のコーヒー農園を渡り歩き、世界一のコーヒー作りを目指すコーヒーハンター川島良彰氏、世界農業遺産「静岡の茶草場農法」を実践するカネロク松本園の松本浩毅氏、ワインの醸造元に自ら足を運び、直接輸入する『ヴィノスやまざき』の種本祐子氏など、食もスペシャルなチームで編成されています。車内では大迫淳英氏によるバイオリンの生演奏などもありますので、コンセプト『美しさ煌く旅。』をぜひお楽しみいただきたいと思います」(小林社長)

ため息がでるほど美しい室内に、自然に笑みがこぼれる(撮影:樋宮純一)

『ザ・ロイヤルエクスプレス』の先頭車両はファミリーシートもあり、子どもたちの遊べる『木の玉のプール』がある。車内は子どもたちが外の景色を眺めやすいように、床が一段高くなっている。椅子は通路側のひじ掛けが短く、通路に出やすくするなど、随所に、お客様を思う水戸岡氏のこだわりがある。

ピアノが設置されている号車(撮影:樋宮純一)

「車内には、お客様がきれいに映るようライトを配備しています。私の写真ではいろいろな感想が聞こえてきそうですが、ご乗車の折にはぜひお確かめください」(小林社長)

ザ・ロイヤルエクスプレスの魅力を語る小林社長(撮影:樋宮純一)

地域とともに「伊豆に活かされている」

本社のある伊豆高原駅でアロハシャツ姿で乗客を迎える牧野駅長(撮影:樋宮純一)

伊豆に感謝し、伊豆に貢献したいという思いをこめた『伊豆とともに生きる』。これは伊豆急行の社是であり、現在は伊豆急行グループ全体の社是となった。交通事業者として、安全を何よりも大切にしながら、伊豆が『暮らしたい伊豆』『訪れたい伊豆』として発展できるような取り組みをしていきたいという。

「たとえば伊豆急ホールディングスでは、伊豆でオリーブの6次産業化に2013年より取組み、現在は沿線地域で約6千本のオリーブの栽培に関わっています。搾油施設もすでに完成し、来年あたりからオリーブオイルの生産、販売体制をとる予定ですが、将来的にこのオリーブ事業が、1次、2次、3次と、それぞれの産業で成長し、雇用を含めた事業として、また食やイベントなどの、観光素材として、伊豆の活性化に貢献できればと思っています」(小林社長)

『ザ・ロイヤルエクスプレス』が到着すると、伊豆急下田駅では、『ハナミズキ会』という地元の有志の方々が、花をもってお客様を出迎える。伊豆高原駅でも、伊豆急行社員が法被を来て旗を振ってお出迎えする。このような人による、歓迎に感動されるお客様が多いという。

「伊豆急行では、2016年7月から小田原駅~伊豆急下田駅間を運転しているJR東日本の『伊豆クレイル』という観光列車に、手振りをはじめて以来、乗客の皆さまにとても喜んでいただけるということが経験値としてありました。『ザ・ロイヤルエクスプレス』も現在も手振りやお出迎えを続けていますが、アンケートなどをみてもお喜びいただいているのがわかります」(小林社長)

『ザ・ロイヤルエクスプレス』の一番列車では、地元の幼稚園児の皆さんに「いらっしゃい」と笑顔で出迎えをしてもらい、お客様もとても喜んでくれた。園児の皆さんや幼稚園の関係の方々のご協力が本当に嬉しく、後日その幼稚園に小林社長は感謝状を持ってお礼に伺ったという。

「地域のみなさんのご支援は本当にありがたいし、またお客様も大変喜んでいただけます。伊豆は昔、何もしないでも沢山の観光客が来てくれるという時代がありました。しかし今は、地域一体となって笑顔でお客様をお出迎えする姿勢が不可欠だと思います。その意味で、小さい頃のお出迎えの体験は貴重だと思います。この経験がやがて積み重ねられ、お出迎えの文化が地域に根付いていけば本当に素晴らしいことだと思います」(小林社長)

ところで、伊豆高原駅と『ザ・ロイヤルエクスプレス』を案内してくれた木田川雅弘取締役運輸部長は下田市街の出身。下田の黒船祭の期間、伊豆急下田駅では、到着したお客様を伊豆急行社員が武士や岡引き、忍者などの仮装で出迎えるが、率先して仮装に取り組み、喝采を浴びている。また下田では2008年から毎年、地域の魅力を発見して共有する『伊豆下田ミステリーツアー』が行われているが、車内でPRをし、伊豆急下田駅では問題の配布・回収を支援するなど、下田商工会議所や下田市観光課などと連携し、地道な地域貢献を続けている。

伊豆高原駅を案内しながら伊豆の魅力を語る木田川取締役(撮影:樋宮純一)

次世代に残したい価値

伊豆急行は、鉄道事業者として「安全・安心」を一番大切にしている会社。そのため年2回、6月と12月に、役員を含めて20名~30名で全線45.7㎞を1日11~12㎞、4回に分けて、線路を巡視して歩くことが義務付けられている。朝9時に出発して16時頃まで、自分の足で歩いて巡視するのである。

「枕木は歩幅より短い間隔で並んでいます。その上を歩くのは慣れないと難しいのです。初めて線路巡視をしたときは、腰を痛め、翌日は足があがらずクルマに乗れないほどでした」(小林社長)

山間の鉄橋の上も歩くが、谷底までかなりの高さがある。風も強く吹くことがあり、最初は下を見ると思わす目がくらみそうになり、足もすくんだ。前後に立つ見張り役がダイヤを確認し、電車の接近が近づくと線路わきに退避する。安全には細心の注意を払いながら、線路、法面、トンネル内などの状態を確認していく。この線路巡視では役員と社員が一緒に歩き、かつ昼飯も食べる。いつも接触していない者同士で会話したり現場で起きている課題を共有することもある。

「年に2回、いつも歩いていないスタッフが歩くことで、見過ごされていることが気づくこともあります。逆に、いつもチェックしている社員からは、現場の意見や悩みなどを話せる機会でもあります。これまでも現場の意見から予算を付け替えて獣害対策を強化するなどといった例もありました。経営層は本社にばかりいては、つい、いくらかかるかなどコスト面ばかりに目がいって、安全に対する感覚が鈍ると思います。
実際に現場を見て、何が優先事項なのかを判断することが大切です。線路巡視は安全・安心が第一ということを全社一丸となって推進するための先輩方が残してくれた、素晴らしい習慣であり、現場を知る事と現業とコミュニケーションを持つことが最も大切であるという価値観だと思います。私たちはいつまでも安全を最優先にする企業として、これを、次世代に継承していくつもりです」(小林社長)

(撮影:樋宮純一)

原点はホテルにあった

小林社長は東急電鉄に入社したものの、伊豆急行に赴任する前の33年間はホテル事業に関わってきた。その視点でいけば、安全・安心は一番の基本として、そこに快適さ、便利さなどをつけてお客様に来ていただく。そこで生まれる「感動」や「よろこび」がビジネスの中に生まれてこなければ、持続可能なビジネスにはならないということになる。

小林社長は、伊豆急行に来てまず、こんな話をしたという。
「鉄道会社で一番大切なのは、安全・安心。でもそれにとどまらず、お客様の快適や便利といったことにも気を配り、さらにはお客様の喜びや感動につながるサービスを目指したい。」

交通が発達し、時間の短縮が図られ、伊豆のライバルは増えている。観光地同士で顧客の争奪戦を展開している時代。昔のように黙っていてもお客様が大勢来ていただけるわけではない。「選ばれる伊豆」「選ばれる伊豆急行」になるために何ができるかが大きなテーマだという。

小林社長の原点は、ホテル時代の体験だという(撮影:樋宮純一)

小林社長は、伊豆急行に異動となる前まで、横浜のホテルの総支配人をしていた。大統領が何十人も泊まる国際会議から、記念日に毎年来られるご夫婦などホテルはいろいろなお客様にご利用いただいていて、そのご要望は様々だ。ホテルマンは、いち早くお客様の有形無形のご要望に気づき、その期待を超えるご満足を提供しようと日々努力しているという。ホテルではこんな経験もした。

ホテル専門学校のお客様にホテルサービスの研修としてご利用いただいたことがあった。ホテルの概要を説明する講義を承り、ホテルはとても多くの職種から成り立っていることを説明することにした。すると「普通の教え方でなく生徒さんが楽しめるものにしては」という意見が出た。知恵を出し合った結果、講義は途中から、ファッションショーに変わった。職種ごとに社員が実際に音楽に合わせて、ポーズをとりながら様々な制服で登場した。

「ホテルにはたくさんの仕事があり、沢山の制服があり、みんなこんなに楽しそうに仕事をしていますというアピール。生徒さんからは感嘆の声や大きな拍手をいただき喜んでいただきました」(小林社長)

夜はウェディングの研修。600人の生徒達が新郎新婦やゲスト役となりテーブルについて、お料理をいただくという研修。生徒が席に着き、ふと見るとテーブルの上には小さな紙片があり、そこには自分の名前が描かれている。ホテルスタッフから600人のホテルマンを目指す後輩一人ひとりに励ましのメッセージがあった。

「後輩達への応援と、お客様に喜んでいただくことの素晴らしさを実際に感じてもらいたくて、スタッフが仲間に声をかけたところみんな喜んで協力してくれました」(小林社長)

引率の先生方にもサプライズで総支配人からメッセージが寄せられた。小林社長には、そんな体験がいつまでも心の中に残っているという。

「ホテルではいろいろなお客様の様々なご要望があります。お叱りを頂くことも多くありましたが、お客様に笑顔で「ありがとう」といっていただくとまた頑張ろうと思えます。ホテル業では当たり前のことですが、お客様や仲間を大切に思い、お客様のために何ができるか、チームのために何をするのが良いのかを考えることがとても大切だということをホテルでは学ばせていただきました」(小林社長)

ホテル時代のエピソードを語るとき、思わず身体が動いている(撮影:樋宮純一)

ホテルで培われた小林社長の「お客様や仲間のために何をするか」という姿勢は、伊豆急行の社長になっても基本的には、変わっていない。着任早々電車の窓が汚れているというご指摘を受け、幹部と一緒に窓掃除をしたり、駅で電話充電用のコンセントを設置したり、年末には茶菓子をもって職場を回り、職員と会話をしたりしている。『ザ・ロイヤルエクスプレス』の停車時も、可能な限り自ら伊豆急行の法被を着て、旗を振りお客様を歓迎する。

「たいしたことをしているわけではありません。ただ机の前に座って難しい顔をしても何も変わりません。お客様や仲間のためになにができるかを考えたほうが楽しいし、喜んでくれればなお楽しい。感謝を忘れずに仕事と向き合っていければいいですね」(小林社長)

これからも、リゾート地を快走する伊豆急行には、目が離せない。

■記者後記
小林社長は、子どものころは引っ込み思案。東急電鉄に入社したものの、1年余の研修後、ホテルに配属が決まっていた。当時ホテルという業態などまったく興味がなかったが、以来33年ホテル業に関わってきた。店舗も博多、富山、大阪、江坂、横浜と5店舗を経験した。365日24時間営業のホテルでは、いろいろなことが起こる。鉄道会社にいたのでは、経験できなかったことも多々あったという。そのなかで、小林社長は、感謝の気持ちを忘れず、人の喜ぶ姿が、自分の喜びにできればこれほど幸せなことはないと思うようになったという。日本人には、ありがとうと素直に言えない人も多い。伊豆急行では、なかなか声に出して言えない仲間へのありがとうの気持ちを紙に書いて社内のポストに投函する39(サンキュー)カードを始めた。いつも感謝の気持ちをもって、お客様や仲間のために何ができるかを考えるようなチームにしていきたいという。小林社長には、ホテル時代に培われた人柄の良さが感じられた。楽しそうに勧められると、それに乗りたくなってきた。横浜から伊豆急下田に向かう『ザ・ロイヤルエクスプレス』の旅を予約することを約束し、楽しい取材を終えた(廣川州伸)。

■伊豆急行株式会社 (英訳名:IZUKYU CORPORATION)
設 立 昭和34年4月11日(登記)
開業日 昭和36年12月10日
本 店 静岡県伊東市八幡野1151番地
代表者 取締役社長 小林秀樹
資本金 9,000万円
従業員 234名(男性213名・女性21名)
営 業 45.7km(伊東~伊豆急下田)
駅 数 16駅(共同使用駅のJR伊東駅を含む)
輸送人 4,904千人(定期外3,608千人、定期1,296千人)(平成28年度実績)

取材・執筆:廣川州伸(ひろかわ くにのぶ)/ライター
1955年9月東京生れ。都立大学人文学部教育学科卒業後、マーケティングリサーチ・広告制作会社を経て経営コンサルタントとして独立。合資会社コンセプトデザイン研究所を設立し、新事業プランニング活動を推進。東工大大学院、独協大学、東北芸術工科大学などの非常勤講師を務め、現在、一般財団法人 WNI気象文化創造センター理事。主な著書に『週末作家入門』(講談社現代新書)『象を倒すアリ』(講談社)『世界のビジネス理論』(実業之日本社)『偏差値より挨拶を』(東京書籍)『絵でわかる孫子の兵法』(日本能率協会)など20冊以上。地域活性化についても様々な提案を行っている。

撮影:樋宮純一/フォトグラファー
長野県生まれ。第一企画 写真部などを経て独立。人物から建築、料理、商品まで幅広く撮影を手がける

企画・取材:石原智/次世代価値コンソーシアム

編集:王麗華/次世代価値コンソーシアム

2018年11月掲載

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