子育ての最初の関門は、言葉の話せない赤ちゃんとのコミュニケーション。
赤ちゃんの泣き声から何をどう受け取ればいいのか。「乳児の泣き」について研究する岡本美和子教授に話を聞いた。大学での研究のほか、地域保健センターでの育児相談の経験もある岡本教授からは、「子育てにおけるスマホの功罪」、「乳幼児の食育」など、子育てについて多方面の話も聞けた。
聞き手は、当サイト(NVC REPORT)の「アートは教えられるか?」シリーズのインタビュアーで、コミュニケーション論や芸術表現が専門の平本和博氏。
岡本美和子(Okamoto Miwako)
日本体育大学 児童スポーツ教育学部 児童スポーツ教育学科 教授
山形県生まれ。東京医科歯科大学大学院保健衛生学研究科博士後期課程修了、博士(看護学)
NPO法人日本食育協会理事
専門の研究分野は「乳児期早期の子どもの泣きと母親の情緒的動揺」。
子どもの持続する泣きやぐずりは虐待への直接的な要因になると言われる。親子の親和的な関係性を促進するためにも専門家による早期介入が必要であると考え、妊娠・出産後早期からの子どもの泣きへの対応を含む子育て支援プログラムを作成している。
主な著書に『健やかな育ちを支える人への子どもの保健』(共著:樹村房、2018年)など。
聞き手:平本 和博
武蔵野美術大学造形学部卒業後、東洋経済新報社入社。その後起業。
企業経営とともに、宝仙学園短期大学(現・こども教育宝仙大学)造形芸術学科や日本体育大学児童スポーツ教育学部で非常勤講師として学生を指導。
著書:『りんごをアップルとは呼ばせない』共著、弘前大学出版会刊(「第7回弘前大学出版会賞」受賞)他
「幼児の泣き」に泣かされる親たちに向けて
平本和博氏(以下、平本):「乳児の泣き」は人間が生まれて初めて行う表現だと思います。それが意識的に発せられているのか、無意識的なのか。子育て経験したとはいえ、「乳児の泣き」を聞いても聞き分けられない私にとっては、どのような研究かさえまったくわからない状態です。まずは先生の研究の概略と研究を行うことになったきっかけや経緯を教えてください。
岡本美和子教授(以下、岡本):私は大学と兼任しながら、12〜13年ぐらい地域の保健センターで育児相談などを嘱託として行っていました。育児相談をしていて気付いたのは、赤ちゃんに泣かれることでつらい思いをしている親御さんたちが多いということです。私は赤ちゃんの泣き声に接する機会の多い職場で働いたので、この時期はこんなものだなと思っていたのですが、家庭でご自分のお子さんだけを育てている方にとってはつらさがあると知りました。親御さんたちの話を聞いているうちに、赤ちゃんの「泣き」につらさを感じる方たちには共通項があるのではと思うようになりました。
とくにお母さんの中には一人で24時間ずっと赤ちゃんと過ごしている人がいます。パートナーの帰りは仕事で遅く、朝も早く出てしまうとか、相談する人や手伝ってくれる人が周りにいないなど、孤独の中で一生懸命子育てをしている人が多いなと思いました。何人かのお母さんとお話をしているとき、たぶん私が思っている以上につらさを感じているのではないかと思いました。それを周りの人に話してみると、同じように感じている人が多いので「乳児の泣き」について深く勉強し始めました。
平本:それまでは先生のご専門は幼児教育全般でしたか?
岡本:どちらかと言えば母子保健ということでやってきています。1990年代の終わり頃の話しですが、まだ赤ちゃんの「泣き」が注目されていなかった時代です。たいていの人が「赤ちゃんが泣くのは仕事だからね」で済ませていました。どうもそれは違うのではないかと思い、いろいろな文献を調べてみると、当時は日本ではほとんど研究されていませんでした。一方、海外では研究実績があったのです。1960年代からアメリカで赤ちゃんの泣きを研究している人がいました。ブラゼルトン(T.B.Brazelton)いう小児科医で論文を出していました。
赤ちゃんの泣きにはパターンがあります。生後2〜3週から赤ちゃんの泣きの量は増えだして、1ヵ月から2ヵ月がピークで、首が据わる頃に泣きの量が減るといった内容の論文で出していたんですね。
私が育児相談を受けていた親御さんの赤ちゃんが、まさに生後4週頃で、泣きのピークの時期だったんです。なあんだ、それを知っていたら「いまがピークですよ」と、親御さんに言えたではないかと思いました。そしてまた違った対応もできたはずでした。
その後さらに文献を調べていくと1980年代には、今度は小児科医ではなくイギリスの女性文化人類学者がもっと詳しく研究をしていました。彼女自身が子育てをしていて泣きでつらい思いをしていた。そして自分がこんなにつらい思いをするのだから他の人も同じではないかと聴き取りを行ったら、皆も同じ思いをしていたとわかったということです。このシーラ・キッチンガ-(Sheila Kitzinger)は、『The Crying Baby』という本を出版しました。そこにはインタビューされた親御さんが、「泣かれてつらい、もうこの子から離れたい、もう自分はハッピーじゃない」というような内容が書かれていました。欧米ではこの本を読んで、「子育てをしている親の多くは、赤ちゃんに泣かれてつらい思いをしている」ということが認識されるようになりました。残念ながら日本ではまだでした。
泣きはクライシス、危機の表現
平本:そのことは日本でも当てはまるのでしょうか。文化的背景が影響していることはありませんか。
岡本:ブラゼルトンがそれをアメリカ小児科学会誌に投稿したときに、ヨーロッパや他の国の人々がそれはアメリカだけなのではないかと批判されました。そこで東南アジアやアフリカ、ヨーロッパでも泣きを調査したら、泣きの量は違うのですが、ほぼどんな国や地域でもパターンは一緒だったのです。今は子育てに関係する人たちは皆、それを知るようになりましたね。
例えば泣きの量がどのように違うかというと、西洋人のように子どもと親の寝室を比較的早くから別にする文化のほうが泣く量が多かったのです。一方で、アフリカとか東南アジアの人たちは赤ちゃんをいつも密着させています。アフリカの人や東南アジアの人たちは常に布でおんぶや抱っこをしています。絶えず密着している方が泣きの量は少ないのですが、泣きのパターンは同じです。
泣きの量の変化は成長過程で誰にでも起こるパターンだと、日本のお母さんや子育てをしている方々に話をしてあげると「自分のやり方が悪くて泣くのではないのですね」と解放された気分になるのです。もっと早く知っておけば良かったなと思います。そう考えれば、泣かれてつらかったら一時的に誰かに代わってもらうこともできます。出口の見えるトンネルに入るか、全く出口の見えないトンネルに入るかの違いなのです。それを私の中で、リサーチクエスチョンにして大学院に行って研究してみたのが泣きの研究のきっかけでした。
平本:その研究が現在に至っている訳ですね。
岡本:2000年当時、「泣きはクライシス、危機なのだ」と言うと、そんなのは危機ではないと反論されました。しかしこの数年「乳幼児揺さぶられ症候群」が注目されるようになって、それが赤ちゃんの泣きがきっかけで起こるとわかったら、その当時を覚えていてくれた先生が「やはり泣きは危機でしたね」と言って下さったときはすごくうれしかったです。
平本:現在、泣きの研究をする方は増えましたか?
岡本:大分増えてきましたね。いま学会誌を見ても泣きに関する研究が増えています。乳児の「泣き」が、危機、クライシスだという認識も定着してきました。泣きというのはお母さんにとってだけでなく、赤ちゃんにとっても同様にクライシスです。そもそも人間にとってどんなときがクライシスかというと、愛する人が亡くなったとき、身近な人が亡くなったとき、職を失ったとき、自分が重篤な病気を宣告されたときなどがクライシスだと言われています。それと比べれば赤ちゃんが泣くのは危機ではない、同等に並べられないと言われてきました。
しかし、子育ての中で乳児に終始泣かれ、夜も眠れなく疲労困憊していて正常な判断ができないくらいになっている人たちが、そこに何かのちょっとした追い込み要因が出てきたときパニックを起こし、赤ちゃんを過度に揺さぶってしまう「乳幼児揺さぶられ症候群」ということが起こるのです。ですからそれは赤ちゃんにとっても危機ですね。
虐待の誘発要因の7〜8割は「泣き」
平本:いま問題になっている虐待などですね。
岡本:親もはじめから虐待しようなどとは思ってはいないですよ。大事に大事に育てているのにもかかわらず正常な判断ができなくなってくる。そういう状態に追い込まれている親御さんも危機であると思います。
2004年にオランダのある地域で、その地域で出産した赤ちゃん3000人以上の親に対して調査が行われました。無記名による質問紙の内容は、「赤ちゃんに泣かれた時、赤ちゃんの口を塞いだことがありますか?」「ピシピシと叩いたことがありますか?」「揺さぶったことがありますか?」というものでした。それに対して「ある」と答えた人の比率では5.6%でした。その数字を多いと見るか、少ない見るかですが、例えば100人のうち、5、6人が行っている。あるいは、現在日本では年間90万人以上の赤ちゃんが産まれているので、5万人くらいがこうしたことをされていると考えることもできます。
また、北米の調査では虐待の直接のきっかけの7〜8割程度が赤ちゃんの泣きが要因と言われています。これらは、一部の地域での現地調査での数値です。しかし、いつ、どんな場合でも赤ちゃんへの暴力は絶対にあってはならないことです。
平本:オランダの事例は世界に通用するのでしょうか?
岡本:この論文が出た時には、私もオランダに限った特徴的な話だと思っていたのです。その後、日本でも厚生労働省関連の研究グループが同様の質問調査を行いました。そうしたらなんとオランダの数値と変わらない、項目によってはオランダよりも高かったのです。日本でも同じ状況だったということです。そういったデータを踏まえ、国を挙げて真剣に取り組まなくてはならない問題と考えています。
こうした研究を踏まえて、「乳幼児揺さぶられ症候群」を予防するための冊子やDVDを作るなどして、親御さんへの啓蒙活動も行っています。
「泣き」はコミュニケーション
平本:乳児が自発的に意志表示してくるのはいつ頃でしょうか?
岡本:生まれるときにおぎゃーと言う産声をあげますよね。あの「おぎゃー」を表現という側面で考えると産声は周りにいる人たちへの表現とも言えます。自分の存在を知ってもらう産声をあげて、それに対してお母さんやお父さんがよく生まれてきてくれたね、といって声かけをして抱っこする。昔は出産後すぐ抱っこさせてくれませんでしたが、いまはカンガルーケア(直肌の抱っこ)をさせてくれることが増えています。
「おぎゃーっ」と泣くと暖かい懐で抱きしめてくれるという感覚を、赤ちゃんは初めて経験する。そこから、何か不快なことがあったり、痛いことがあったり、怖いこと、不安なこと、さみしい思いをしたり、おなかすいたりしたとき、おぎゃーと泣くと、「よしよし」と優しい声で誰かが来てくれる。泣くこと自体が意思の表現で、大人を引きつける手段だということを、赤ちゃんは生まれてから覚える。大人を引き寄せる手段だということがわかる。そこから徐々に親子の関係性が築かれ、泣けば抱っこしてくれる、泣くとすぐミルクを貰えるというのを学びます。
ミルクを与えられれば気持ち良くなって寝る、それから泣いて目が覚めるといつもの大人の声が聞こえるという相互作用を繰り返すことによって、赤ちゃんは自分が生まれてから経験してきた範囲内での能力をフル活動させていろいろなことを訴えてくる。それがウーウーという「クーイング」だったり、あーあーという喃語(なんご)だったりします。その一番最初が産声だと思います。要求があるから泣くわけです。それに対応する大人がいてそれが両親や保育士さんたちです。こうした相互作用を通して赤ちゃんは、自分を大事にしてくれる人の存在を知り、自分が認められていると言うことがわかってくるのです。ですから泣きは周囲の大人の関心を引きつけるための手段だと言えます。
言葉のシャワーで子は育つ
平本:話しかけることが大切なのですね?
岡本:それはとても大事なことです。沢山の言葉のシャワーを浴びて初めて言葉が出てくる。例えばおむつを替えて「気持ちよくなったね」といえば、これが気持ち良いということなんだとわかるし、ミルクを飲んだ後「お腹いっぱいになったね」と言えば、こういう感覚がお腹いっぱいなんだと言うことがわかってきます。
平本:赤ちゃんにも聞こえているのですね。
岡本:五感のうち、唯一赤ちゃんが生まれてくるときに完成している機能は聴覚です。お母さんの羊水の中では毎日お母さんの心臓の鼓動や消化管の音を聞いて育ってきました。
1歳の時ワンワードしか発せられなかった乳児も2歳になれば300~500ワードぐらいは認識できると言われています。そして話し言葉は4歳過ぎで完成します。
平本:言葉を覚えて発するようになるのはいつ頃からですか?
岡本:おおよそ1歳頃です。マンマ、ブーブーといった言葉です。クッ、クッとハトが鳴くような音声を出すクーイングは2ヵ月頃、4ヵ月頃になるとあーあー、ウーウーという喃語を発するようになり、徐々に抑揚がつくようになっていき、喋っているような喃語になります。親御さんや保育者ともそれでさらにコミュニケーションがとれるようになってきます。コミュニケーションの相手がお母さんに限ることはありません。お父さん、保育士さんなどよく会う大人たちが居れば良い。おじいちゃんでもおばあちゃんでも良いと思います。
その子どもにとっていつも見るこの人、と特定できる大人がいることが大事です。いつも自分を護ってくれる大人がいると思えることが重要です。出産や母乳をあげることはお母さんにしかできなくても、お母さん以外の大人たちによって赤ちゃんが安心し、信頼できる大人がいるということを、無意識に実感ができることが大事だと思います。つまり母性ではなく「育児性」ですね。
平本:話しかけるとき、このようにした方が良いなどのアドバイスはありますか?
岡本:赤ちゃんの時に大事なことは、目を見て話しをすることです。お子さんの目をじっと見ているとお子さんの瞳の中に見つめているお母さんの顔が映っています。それに気付いたときの感動をぜひ覚えてほしいですね。それによって赤ちゃんへの愛着も深まり、そして赤ちゃんから大人への愛着の証も得られると思います。ただし赤ちゃんが必死に大人の目を見ているのに、大人の視線が違う方に向いているというのが赤ちゃんにとってどのような印象になるのかまでは十分に研究されていませんが……。
赤ちゃんが周囲のものを見つめることは、その子の経験値を広めていくことです。表現するという心の発達、情緒の発達に重要なことだと思います。
赤ちゃんの「見つめる」という行為は親にとっても重要な側面があります。子育てをしている人は、赤ちゃんが自分を見つめ返してくれることで大きな満足感を覚えます。「親」というのは初めから親なのではなく、赤ちゃんに見つめられることで、「親にしてもらっている」と言ってもいいでしょう。
子どもと見つめ合うことで、子どもに対する愛おしいという気持ちが育つ。場合によっては、そうしたことが虐待の歯止めにもなっていくと考えます。
私はこの時期を期間限定の赤ちゃんとのハネムーン期間と呼んでいます。そのうち子どもは見て欲しくても親以外のものを見るようになって行きますから。
平本:ネグレクトの子どもが、途中で泣かなくなるという話を聞いたことがあります。これはどういうことでしょうか。
岡本:乳児院の保育士さんから聞いた話ですが、赤ちゃんの時いくら泣いて呼んでも、相手にして貰えないとわかると赤ちゃんは泣かなくなるということです。ネグレクトを受けていた赤ちゃんが乳児院に来ると、泣かない、笑わない、言葉を発しないという状態が見られるそうです。表現しなくなる、それを聞いてわかったのは、泣くことも、喃語を発するのも、相手をしてくれる大人がいるからすることなのだと。
そこで乳児院の保育士の方々は少人数の担当制を敷いて、受け持ちの赤ちゃんを決めて密に対応するそうです。乳児院の先生方は赤ちゃんとの愛着形成に努力しています。赤ちゃんの発したことに反応することが赤ちゃんと大人の愛着を形成する上で大事なことだからです。
ただ、泣いているとき抱っこして、やっと寝たなと思って置くと、すぐ泣いてしまい、また抱き上げるという繰り返しが続き、非常に疲労困憊することもあります。そんなときは安全なところに赤ちゃんを寝かせて、親御さんが一息入れるのも良いと思います。疲れた時は気分転換することも必要です。
乳児の好みの味は?
平本:では、先生のもう一つ研究である「食育」に関することで伺いたいと思います。私はかつて農業に興味をもち、弘前大学の先生と何年かにわたり青森のりんご農家を取材し出版(『りんごをアップルとは呼ばせない』共著・弘前大学出版会刊)したことがあります。その時にりんご農家の皆さんは消費者の味覚、とくに若者の味覚が大きく変わってきたと嘆いていました。青森のりんごの主流は、真っ赤で、大きく、酸味と甘味のバランスが良くて支持されているのですが、いまの消費者は酸味が強いものはだめ、固い食感が苦手な人が増え、果実はりんごよりもメロンなどスイーツ感覚のものが人気です。どうも日本人の味覚も大きく変化してきているのではないかと思います。育児を行う親の影響も大きいと思いますが、赤ちゃんの味覚はいつ頃から、またどのように決まっていくのですか。
岡本:赤ちゃんは胎児の頃から羊水を味わい、飲み込む練習をしています。そしておしっこをする練習もしています。かつて胎児の味覚の実験で、羊水に甘みと苦みを入れてみて胎児の反応を見た研究者がいました。もちろん現代ではそんな実験はできませんが。それによると甘みを入れた時、胎児の羊水を飲み込む回数が増え、苦みを入れた際は飲み込みが減ったということです。つまり胎児の頃には既に味を感じる味蕾(みらい)ができといるということになります。生まれたときに赤ちゃんには甘味、酸味、苦み、塩味の感覚があるということが実証されています。赤ちゃんは甘味以外の味には不快な表情を見せ、甘味には快の表情を表します。
本来自然の食物で甘味のある物は、ヒトにとって栄養があると考えられています。酸味は腐ったもの、苦味は毒のあるもの、そして赤ちゃんの場合、塩味に対してはほとんど反応を示しません。その理由は羊水が生理食塩水に近い塩味を呈しているからと考えられています。赤ちゃんは甘味に関しては強い好奇心が働きますので、初めての食事である離乳食の時は食材本来の味を経験して欲しいものです。強い味付けにはしないで、煮る際は出汁(ダシ)だけにするというのも良いかと思います。
学生が調理実習で離乳食を作る時は、塩分や甘味は入れず出汁だけで進めています。それぞれの素材が持つ味にはもちろん甘味があります。ニンジンやカボチャ、ほうれん草などでも甘味は感じられます。赤ちゃんには旨味成分がわかるということも言われています。塩味や甘味ではなく、出汁で作って与えれても赤ちゃんは喜びます。アメリカのある育児書には、甘いものを主流にした食べ物を赤ちゃんに与えていると甘いものしか食べなくなってしまう。そうなるとなかなか味覚を変えるのは難しくなる、と。甘味は美味しいと感じるし、快感を得られますから。
ところで大学生へのアンケートで「学食で増やしてほしいメニューは?」と聞くと、「野菜サラダ、煮物」と言った声が多く聞かれます。栄養に関する授業で野菜は必要だということがわかっていますし、特に一人暮らしの学生は親元で食べていた煮物などはなかなか食べられない環境だからそう思うのかも知れません。味覚は育った環境によって変わってきます。濃い味に慣れてしまえばそれが普通と感じるし、出汁の利いたものを食べていたならばそれが美味しいと感じるようになります。味は次の世代に受け継がれていくとても大事な要素です。
大学でプロの保育者を育てる
平本:保育士や幼稚園教員を目指す学生への教育の中で注意していることはありますか?
岡本:私は学生からよくお母さんみたいと言われることがあります。もちろん保育者養成のカリキュラムに沿ったものを教えていますが、将来保育者になる学生であると同時にこの人たちはいずれ親になる人達だと思って教えています。赤ちゃんの抱き方や扱い方を教えるときも、保育者を育てると同時に親になる人に教えるという意識で教えています。
平本:今後学生たちは職場で、どのような立場で子どもたちと接すれば良いのでしょうか?
岡本:保育の現場で働くとき、彼らはお子さんのお父さんやお母さんの代わりになるわけではありません。どのような立場でそこにいるかというとプロフェッショナルな保育者としていなさい、お子さんがお父さんやお母さんと良い関係をつくれるようにする保育者という立場を忘れないで、と言っています。
よく学生は教育実習や保育実習を経験すると、保育現場のイメージを捉えられるようになるので、机上の学習でも理解が深まります。おむつ交換一つをとっても、紙おむつなり、布おむつを経験すれば、おむつの当て方もすぐ理解できます。連絡帳の書き方なども同じことで現場を見てくればすぐ理解することができます。現場を経験すると言うことはとても大切なことです。白黒映画がカラーになったくらいの差があります。
平本:他に教育面で工夫されていることなどありますか?
岡本:事例を持って教えることが大事ですね。育児相談での経験を個人が特定されないように注意しながら事例として使っていきます。例えば「夜泣き」のことを教科書通りに教えても学生はピンとこないと思います。ところが8ヵ月くらいの赤ちゃんの夜泣きが収まらなくて困っているというお母さんがいてねという話を例に出したとき、実際その年齢の赤ちゃんを保育実習で見てきた学生にとっては、どのくらい大変なことかがイメージできます。ですからそのお母さんがもうくたくたになっているとき、さらに「頑張れ」なんて言えないよね、と学生に言うとうんうんとすぐに理解できます。
平本:保育を勉強した後、その職業に就く人は多いですか?
岡本:私が教えている日本体育大学は、スポーツをしている学生が多いこともあり、学生たちは子どもとの体を使った遊びがとても上手です。体力もあり、さらに子どもとの接し方が上手で、子どもからも好かれます。行動力があるということも利点で、保育現場からの求人も多いです。
今、学生のことで心配なことは、学生の食生活についてですかね。食に関するアンケートでも、朝食を抜いている学生が多く、偏食も多くみられます。次世代を創る人たちですから,何とかしないといけないと感じています。
平本:ところで、子育てに関する情報収集にスマホを使う人が増えていますが、これについてはいかがですか?
岡本:過度のスマホ操作は疲労を増すのではないかと少し心配です。同じ前傾姿勢で30分〜1時間操作すると血流が停滞して肩こりや頭痛、疲労感を覚えると文献には書かれていますし、皆さんも実感されていると思います。
とはいえ、スマホが普及して、親御さんも気軽に育児情報などを調べられるようになったことで知識と選択肢が増えてきました。また、子育てについて判断に迷った状況に置かれたときや、つらい気持ちになったときに他の子育て中の人に発信するなど、気持ちを共有し合って救われると聞くと、これはこれで子育ての風通しを良くする役目もあります。泣かれて困っているとき知識を得たり、このやり方でいいよとすぐ返事を貰えて助かりましたと言う声を聴くとスマホ活用の良い面もあると思います。スマホには子育てに孤立していた人達が繋がる役目があります。
ただし、先程お伝えしたとおり、赤ちゃんとは目を見つめ合って話すことが大切です。赤ちゃんと話をするときにはスマホは置いてもらうといいですね。
【取材後記】
「幼児虐待」の報道を目にすることが増えている。せっかく赤ちゃんを授かってもその親たちは、置かれている孤独な環境のもとで、正常な判断のできない状況に追い込まれてしまうのだ。そのほとんどは「泣き」が原因だと言う。かつて母親の実子への虐待は、誰にも相談できない、必要な情報が入らないなどの環境が、母親の孤立化を誘引したことによって起きていた。しかしながら現在、情報技術の向上によりスマホなどの機器が普及。それを活用することで助けられている人も多いことが取材でわかった。一方国内では高齢化が進み、晩婚や生涯独身者が増え、少子化が進んでいる。国勢調査では単身世帯は全体の3割を超え、日本の「主流」になりつつある。かつて家族は両親と子ども2人世帯が標準モデルであったが、現在では家族ドラマでさえ描かれない。日本は現在も1億人以上の人口を擁し、世界で11位の人口大国を保っているが1億人を切る日は近い。いまからでも子どもたちを育てる親たちを真剣に支援する策を考え、実行しなければ人口減少は避けられない。目先のことばかり考えず、国家、行政、経済界が共同して長期的に取り組まなくてはならない。
撮影:樋宮純一/フォトグラファー
取材・編集:石原智/(一社)次世代価値コンソーシアム
掲載:2019年3月1日