あきらめず、夢を追い続ける Part 1 モデルロケット教室~大空を射るロケットで生まれる自信

世界に3つしかない貴重な施設の1つが、北海道にある。札幌から旭川に向かう途中、赤平市にあるCOSMOTORRE(コスモトーレ)だ。そこは微小の重力環境で起こる現象を、地上で実験するための施設。落下カプセルを高さ50mから自由落下させると、約3秒間の微小重力環境が実現する。その環境を求めて、世界各地から宇宙航空の研究者がやってくる。

ところがCOSMOTORREを開発・提供している株式会社植松電機の本業は、宇宙航空関連の技術・研究開発ではない。同社はエコロジー・エコノミーなリサイクル用マグネット(電磁石)を製造・販売する会社で、従業員数22名の中小企業。しかも植松努社長は全国各地で講演し、夢をあきらめないことの大切さを伝える活動で知られる名講師でもある。

本業でシェア9割という堅実な経営を続け、そこで得た利益を宇宙への夢の実現に振り向けて小型ロケットや人工衛星まで打ち上げる植松電機とは、一体どんな会社で、何を実現しようとしているのだろう。2018年4月7日、まだ雪が残る北海道赤平市にある植松電機で行われる『モデルロケット教室』を訪ね、併せて植松社長にお話しを伺った。

微小重力実験施設COSMOTORRE(コスモトーレ)

Part 1 モデルロケット教室~大空を射るロケットで生まれる自信

モデルロケットの製作から打ち上げまでを行う中で、モデルロケット教室では、植松電機が研究開発してきた宇宙航空研究の成果であるロケットの製作・打ち上げ模擬体験ができる。製作するのは小さなロケットだが、そこに使われている技術は本物のロケットと変わらない。この教室では作ったモデルロケットを、自らの手で打上げることができるという。

「失敗しないために教えるのではなく、失敗を支えることで自ら学び、自ら試すことを実践したい」と語る植松社長は、そもそもなぜ本業のマグネット事業、宇宙航空関連の研究の合間を縫って年間1万5000人(2017年実績)もの家族に体験学習を提供しているのか。教室開始前に、植松社長の狙い、伝えたい価値についてお伺いした。

モデルロケット製作体験

Photo by Yasushi ITo

植松電機の社長室に行くと、無数のプラモデルが目に飛び込んでくる。もちろん、植松社長本人が製作したものだ。
「子どものころ、プラモデルを作りたかった。でも父は『そんな誰でもできるものはダメ。作りたいなら鉄で作れ』といって、小学生のぼくに溶接の仕方を教えてくれました。プラモデルなら友だちがいたのに、溶接では、友だちも遊んでくれません」
その反動だろうか。植松社長は、ふつうなら子ども時代に卒業するプラモデル製作を、大人になってからも続けた。そして今、プラモデルの効用について強く感じている。

「ぼくには、これからデザインをしようという学生が、人類がつくりあげた美しいモデルを知らないでどうするのかという思いがあります。それはデザインとともに、構造を知るチャンスにもなる。作られたモノには必ず、そうなる理由がある。たとえば燃料タンクは古いクルマでは後ろにあるけれど、新しいクルマでは前に来ている。それは何故か。昔のクルマは後ろから追突されたときに、後部にある燃料タンクが爆発することがあった。それでタンクを前にもってきた。これもプラモデルを作っていると自然にわかってきます」

植松社長が子どものころ、大工のおじさんが家を建てていた。面白いと思ってみていて、仲良くなった。おじさんにいわせると「たいていのものは自分で作れる。買うもんじゃない」となる。
おじさんに感化された植松少年も「何か欲しい」と思ったときに「じゃあ買おう」と思うのではなく、どうやってできているのかを考えるようになった。
「するとお金ではない価値観に気づいたんです。子どもたちにつくることを体験させることには、意味があると思っています。買うしかできない人は、お金がなくなると生きることができなくなる。しかし作ることができる人は、じゃあ作ればいいと考える。それが生きる力になる気がしています」(植松社長)

お金を出して買うことではなく、自分ができることを増やしていくことが重要だという。かくして小学生や中学生に成功体験を積ませる、ものづくりを体験させる場が生まれた。
今回のモデルロケット教室も、その延長線にあるが、親御さんも参加し、家族で作ることの意味は何だろうか。学校という組織、インフラを変えることは難しく、また時間がかかるだろう。しかし、家庭で子どもたちにどう接するか、それは親御さんの意識次第で、すぐにもチェンジすることができる。
親御さんは、子どもたちが「夢をあきらめる理由」を知り、自ら、その世界観に加担することなく子どもの自信を増やし、可能性を広げる手伝いができると植松社長は考えている。

「親は、子どものよき理解者。しかし学校では、それが否定されることもあります。理解のある親が増えている。子どもに小さいころから特別な体験をさせたいと、海外に連れていき、旅行に連れていく。いろいろな教室にも通わせる。そこは素晴らしい。ただ子どもたちが体験したことを学校でしゃべると、別な現実が待っている。『何それ、自慢?』といわれてしまう。ひどいときには『そういう体験はお金のある人しかできない。学校には体験をしたくてもできない人もいるから、学校ではしゃべるな』となります」(植松社長)
その結果、せっかくいろいろ体験してきたのに、体験を語るのがいやになる。みんなが認めてくれる内容しか、しゃべらなくなる。小さいころからいろいろな体験を積んできたのに、中学、高校とあがるうちに、いつしか『ふつうの人』になっている。

Photo by Yasushi ITo

モデルロケット教室が、植松努社長による講話でスタートするのは、何よりもまず、考え方を理解し、あきらめない気持ちを宿してほしいからである。
植松社長は、自らが思い描き挑戦していくこと、宇宙開発を通して子どもたちに夢を持つ勇気と自信を持ってもらうことで、人の可能性が奪われない「より良く」を求める社会を目指している。
「今日は、親御さんに向けた話を中心に『どうせ無理』という言葉を『だったらこうしてみたら?』という言葉に変える話をします。『どうせ無理』という言葉は、人の可能性を奪います。諦めて何も考えなくなってしまう。それに対して『だったらこうしてみたら?』という言葉は、人の可能性を広げます」(植松社長)

植松社長の講演から入った

Photo by Yasushi ITo

モデルロケット教室では、体験学習全体を通し、『どうせ無理』という言葉をなくし、失敗を恐れずに挑戦することの大切さを伝えている。そのため、植松社長がメッセージを伝える講演の時間が設けてある。話すテーマは『思うは招く。夢があればなんでもできる』だ。

「今日、みなさんには小さいロケットをつくってもらいます。このロケットは、小さいけれども、実は宇宙でも使うことができる本物の実験装置。だから今日、みんなが作るロケットは、何と時速200キロを突破するような、猛烈な勢いで空高く飛んでいった後、空で自動的にパラシュートを開いて戻ってきます。そのあと、ロケットエンジンを取り換えたら何回でも飛ばすことができます」(植松社長)

「ちなみに日本では60年前、東京大学でロケットの研究が始まりました。そのときに日本人が初めて作ったロケットは、実はこれより小さいものでした。それを飛ばすだけで、もの凄い苦労をしました。今日みなさんは、60年前の東京大学の博士ががんばってやったことを、全員でやってしまうということ。ということは『夢はあきらめなくていい』ということ。こんなことができる。それを知ってもらうためのロケットですから、がんばって、作ってほしいと思います」(植松社長)

※この講演の詳細については、Part 2で詳しく紹介したい。

モデルロケット教室

Photo by Yasushi ITo

講演後、いよいよモデルロケットの製作が始まった。参加者の多くは、親も子も、生れて初めてロケットを作る。それゆえ、ちゃんと組み立てられるのか、不安な気持ちでいる。そんな参加者の、一人ひとりに語り掛けるように、植松社長は言った。
「この教室では、ロケットの作り方は教えません」
子どもだけでなく、一緒に参加していた親御さんも不安そうにしている。
「ロケットの設計図がありますから、その絵を見ながら、同じ机にいるみんなで協力し、教え合ってロケットを作ってください。わからないことがあったら、そのままにしないで、わかっている人、わかっていそうな人に聞いてください」

Photo by Yasushi ITo

教室には12個ほどの大きな机があり、そこに家族や友人、知人で集まってチームができている。そのチーム内で、互いに教え合うことになる。わかっている人、チャレンジしてうまく組み立てられた人が、困っている人を手助けする形だ。
「わからないことを恥ずかしいと思わないで。この世界は、わからないことで、あふれています。まず自分でやって考えて、それでわからなかったら助けを求めればいい。失敗したときも隠したりしないで、手を挙げて知らせてください」

その言葉に背中を押され、それぞれのチームがロケットの製作に入った。

家族(親子)や仲間でテーブルを囲み、モデルロケット製作キットを使って実際にエンジン(固定火薬)で大空に飛翔するロケットを製作する。ロケットの構造は共通だが、ロケットの胴体の白地の部分は好きな絵や文字、言葉を書くことができる。シールやマスキングテープ、カラーペンなどで好きなデザインにしてオリジナルモデルが完成するのだ。
幼稚園児から大人まで参加者全員でモデルロケットを製作して打上げを体験できる。モデルロケットといっても、本物のロケットと原理は同じである。そこで本物の、世界に一つしかないロケットになる。

Photo by Yasushi ITo

モデルロケットを制作している間、みんな楽しそうだ。いち早く組み立てを終え、本体のデザインに入った親子4人組がいた。
「誰が申し込んだのですか?」
と聞くと、父親だという。ただ「行きたい」と言い始めたのは母親だという。
「私たち、熊本から来ました」
2016年4月14日から起きた一連の地震で被災し、駐車場で夜を明かす日々。その後もしばらくは仕事もなく、生きる気力もなえていたという。そんなときに出合った本が植松社長の『思うは招く』(宝島社)だった。読んでいるうちに腹の底から元気がわいた。DVDも入手し、すっかり植松社長のファンになったという。
「今日は、本とDVDを持ってきました。サインをもらおうと思って」
子どもたちにも、ロケット製作を通して植松社長の考え方に触れてほしいと考え、家族での参加となった。
このロケット製作は難しかったが、二人の兄弟も何かをつかんだに違いない。

ロケット発射

Photo by Yasushi ITo

自分で作ったロケットを手に、発射台が用意された広場に集まった。女性社員が、マイクをとった。
「これからロケットの打ち上げをします。みなさんは、自分で作ったロケットを自分で打ち上げます」
打ち上げの手順の説明が続いた。まず自分のロケットに、カートリッジ型のロケットエンジン(固定燃料)を詰め、ランチャー(発射台)にセットする。
「ランチャーには今、サンプル機がセットしてあります。大空の風向きを確認するため、このサンプル機を飛ばしてみましょう。みなさんは自分で飛ばすつもりになって、観ていてください」
安全確認の後、カウントダウンに入った。
「3・2・1~!」
ロケットは、時速200キロで大空に飛び出す。それは目にもとまらぬ速さであっという間に上空まで到達した。「飛ぶ」というより「射る」感覚に近い。余りのスピードに誰もが目を見張った後、ワンテンポ遅れて歓声が上がった。
「オー!」「スゴイ」「ビックリした」……笑い声も響いている。だがモデルロケットを持って発射の順番を待つ子どもたちに、異変が起きていた。それまで「早く打ち上げたい」とワクワクしていたはずの子どもが、なぜか『お先にどうぞ』と言い始めた。

Photo by Satoshi Ishihara

モデルロケットの発射は、オモチャの域を超えていた。エンジンとなる燃料が爆発する鈍くて強い爆発音、スピード、そして落下傘が開き、風に乗って降りてくるロケット本体。それは、玩具の体験ではない。そこにはリアルの持つ、心に直接刺さってくる実在感のようなものがある。それを本能的に感じ取った子どもは、急に自信がなくなるのである。

ロケットの製作は初めてではあったものの、本体に絵を描いたり、プラモデルを組み立てるようにロケットを作り上げていくプロセスは、なんとか、こなすことができた。しかし、自分で作ったロケットが、猛スピードで大空を射るところは想像できない。手を抜いたつもりはないが、かといってうまく作ったという実感もない。すべてが初めてのことなので、どう対応していいか、わからなくなる。
「子どもたちは、飛ばす自信がない。できれば飛ばしたくない。隠れていたい。失敗したらどうしようと考えてしまう。学校でも、家庭でも、失敗してはいけないと教わってきたので、初めての体験を前にすると、気持ちが前に進みません」(植松社長)

誰かに順番を譲っても、やがて自分の番はやってきてしまう。何度か発射が成功する場面を観て、少しずつ勇気がでてくる。
自分の順番がきた。発射台に設定し、スタートボタンを確認する。カウントダウンとともに、心臓のバクバクが高まっていく。
「発射!」
思い切って、ボタンを押した。エンジンの爆発音で思わず目をつぶった。歓声があがる。目を開けて大空を探すと、2台のロケットが見えた。すでに落下傘が開いている。
「やったー!」
飛ばすことができた。なんだか、もの凄いことをしでかした気がした。

植松社長は、子どもたちの笑顔を観てポツリと語った。
「約束された成功は、つまらない。ダメかもしれないと思って、それでもチャレンジしての成功はいい。小さな自信が芽生えたことは、顔をみればわかります」

Photo by Yasushi ITo

ロケットの発射が成功したときの喜びは、植松電機のスタッフたちも、何度も経験している。モデルロケット教室は、本物のロケットの縮小版だが、大きなロケットの発射でもロケットがとんでいくと、泣くほどうれしいという。

「何で泣くほどか。それは泣くほどイヤだからです。打ち上げをしたくない。だって失敗するかもしれません。しかも自分の『うっかり』のせいで、他の人が一生懸命にがんばったことが一瞬にしてパーになるから。自分のせいで大勢の人に迷惑がかかるのは怖い。カウントダウンが始まったら、死にそうになります。そしたら自然に涙が出るんです」

「実は、不安の向こうに喜びがある。だから失敗したらどうしよう、失敗するかもしれないというのを、よけて歩いていると、喜びに出合えないで終わっちゃうかもしれない。もったいないですね。ほんのちょっと勇気を出してみよう。そしたらきっと涙がでるような素晴らしい想い出と喜びがみつかります。ほんのちょっとの勇気で大丈夫」

最後の言葉

Photo by Yasushi ITo

これからAI(人口知能)を備えたロボットがどんどん開発され、それまで人間がしていた仕事を代替していくとみられている。そんな時代を生きる近未来の大人たちは、子ども時代を、どのように過ごせばいいのだろうか。
モデルロケット教室の終わりに、植松社長が語り始めた。
「ぼくはロボットに負けないためには、やさしさが大切だと思っています。やさしさこそ、人間にとって、もっとも重要な特性で、ロボットにはできない性質ですから」

植松社長自身、『やさしさ』のおかげで救われたことがあるという。
彼は、学校になじめない子どもだった。自分の興味関心を抑えて、集団行動をとることが苦手だった。それゆえ集団行動を引率する教師と、植松少年との相性はよくなかった。との当時は『指導』という名の体罰で、集団に合わせるように強制された経験は数知れない。
また自宅においても『躾』という名の体罰があった。植松少年は、暴力をふるわれるたびに心がふるえ、その強い憤りを晴らすために、机をたたいたり大声を張り上げたり、自分より弱い子どもを虐めたい衝動にかられた。

しかし植松少年は、先生がしたように、父親がしたように、暴力で人を従わせる行為に走ることはなかった。それは、彼の祖父が植松少年にかけた言葉の力によるものだ。
「大好きなおじいちゃんは、いつも『努は、やさしいね』と言ってくれた。ぼくは、その言葉で救われた。もしおじいちゃんが『努は、頭がいいね』と言っていたら、学校で一生懸命に勉強し、みんなと比べられて挫折していたと思います。『努は、強いね』と言っていたら、身体を鍛えて強くなったと思います。でも、ぼくのおじいちゃんは『やさしいね』と言ってくれた。やさしさは、誰かと比べようがなかったので、ぼくは子どもの頃から、51歳の今になっても、何か怒りの感情がわいてくるたびに、やさしくなりたいと思い、やさしい自分を目指すのです」

モデルロケット教室で製作されたすべてのロケットが打ち上げられた後、教室に戻って全員に「感想」を書いてもらう。植松社長は、その全部に目を通す。不思議なことに、「宇宙について興味が持てました」という感想はほとんどない。だいたい「夢をあきらめません」と書いてくれる。

「こないだ空港で荷物を預けたら、そこにいた女性がぼくを追いかけてきて、こう言ったんです。『中学生のときに社長の授業を受け、空港の仕事に就きたいと思った。先生からは絶対に無理と言われたけれど、社長の言葉を思い出して、あきらめなかった。今、この空港で仕事をしています。あのときに作ったロケット、今も大事に持っています』と」

ロケット教室だけで、年間15,000人。「夢をあきらめない」というテーマでは、総計80,000人を前に語っている。

Photo by Yasushi ITo

Part 2 講演概要『思うは招く~夢があれば何でもできる』へ続く

取材・執筆:廣川州伸(ひろかわ くにのぶ)/ライター
1955年9月東京生れ。都立大学人文学部教育学科卒業後、マーケティングリサーチ・広告制作会社を経て経営コンサルタントとして独立。合資会社コンセプトデザイン研究所を設立し、新事業プランニング活動を推進。東工大大学院、独協大学、東北芸術工科大学などの非常勤講師を務め、現在、一般財団法人 WNI気象文化創造センター理事。主な著書に『週末作家入門』(講談社現代新書)『象を倒すアリ』(講談社)『世界のビジネス理論』(実業之日本社)『偏差値より挨拶を』(東京書籍)『絵でわかる孫子の兵法』(日本能率協会)など20冊以上。地域活性化についても様々な提案を行っている。

撮影:伊藤 也寸志(いとう やすし)/フォトグラファー(有限会社マーヴェリック所属)

編集:王麗華/次世代価値コンソーシアム

2018年9月掲載

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