松戸市長インタビュー ~街づくりは、文化づくり~
本郷谷健次(ほんごうやけんじ)松戸市長プロフィール
生年月日:1948年(昭和23年)8月29日
出身地:愛知県名古屋市緑区鳴海町
住所:松戸市在住
公職歴:平成18年11月 松戸市議会議員/平成22年7月 第21代松戸市長/平成26年7月 第22代松戸市長
学歴:愛知学芸大学附属岡崎中学校/愛知県立旭丘高校/東京大学経済学部
経歴:新日本製鉄株式会社にて総務、人事を中心に様々な仕事を担当する。その後、大手監査法人で主に国へのコンサルタント業務を経て松戸市議会議員に。
必要なことは、まず松戸市から始める
――松戸市の子育て支援の方針は?
市長:「松戸市ではこうしようという方向は、もうわかっています。問題は、どこかがやっていなくても、自ら手をあげ、どこまでやっておくかということ。私は、社会の動きから見て必要なことは国や県がやらなくても、自らやろうといっています。国や県の後追いではだめなんです。それが正しいなら、先を行けば国や県は必ずついてきます。
社会は今、もの凄く動いてきています。社会が子どもを育てる環境をつくっていかなければ、女性は安心して働きに出られません。待機児童が増えてきたから、その課題に対処するというのではなく、社会そのものに目を向けたい。
女性が男性と同じように働ける環境をつくる。いかに早く、そういう社会をつくっていくか、それが我々行政の仕事ですし、そのための費用をかけてもいいはずです。これから何十年にもわたって費用をかけるのではありません。数年後には国や県も、ついてくる。まずは私達ができることをやらなければいけません」
子育ての支援は、未来への投資
――子育てには、それだけの価値があると。
市長:「そうですね。とくに子育ては『未来への投資』だと思っています。女性の活躍にお金をかけるのはコストだと思っていた時代がありましたが、それはおかしい。女性が活躍する社会をつくらなければ、社会はもう回っていきません。それに必要な費用なら、子育てについてはどんどん予算をつけていけばいい。
女性が社会に出たら、結婚しても働き続けられるようにしておき、たとえ離婚することになっても、自分の経済的基盤をもてるようにしておくべきでしょう。そういうことにお金を使おう。特に子どもについては」
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「未来への投資」。大手鉄鋼企業を経て監査法人で行財政の専門家として活躍してきた、民間企業出身の首長らしい言葉だ。
民間の経営感覚という意味では、本郷谷市長の就任後、社会人経験のある中途採用を増やしていることも松戸市の特徴だ。今回の取材で話をした市役所の担当者が「(いい意味で)役所の職員っぽくない」と思い尋ねてみると、メーカーやITなどの錚々たる企業からの転職者。そうした民間企業出身者に刺激されて、プロパーの職員も市庁舎の内外でいきいきと働いている様子が伝わってきた。
考えてみれば、松戸市には”役所っぽくない”伝統がある。「すぐやらなければならないもので、すぐやり得るものは、すぐにやります」という松戸市役所名物「すぐやる課」ができたのは、昭和44年(1969年)。当時の市長はドラッグストア「マツモトキヨシ」創業者で、市政改革に取り組んだ松本清市長。民間企業の良さを取り入れている辺りは本郷谷市長にもつながる系譜だろう。
幅広い世代に向けて
松戸市には「おやこDE広場」というものが市内に17ヶ所ある(2017年4月現在)。概ね0歳~3歳の乳幼児とその保護者が遊びや交流、友達づくりの場、子育て相談の場として利用できる。児童館とは別に存在し、より気軽に使える施設として市民から好評だ。
市長:「松戸市では「おやこDe広場」のような、小さい子どもと親が遊べる場をつくっています。そこに来れば子ども同士が遊べるし、親同士も情報交換ができ、子育てコーディネーターも常駐しているので相談もできる。幼稚園や小学校に入るまでは、方向が見えてきて走り出しています。
しかし小学校については、「放課後にどうするか」というニーズがでてくるのではないでしょうか。女性が社会に出ようと思ったら、子どもを預かる体制がフルで整ってからでなければできません。今後、学童をただ預かるだけではなく、ちゃんとした教育が行き届くか、その内容が問題になってくるでしょう。
さらに、幼児教育はどうなるのか。松戸市でも小学校1年生から英語の授業を入れていますし、保育園も幼稚園も、年長組には必ず英語について補助金を出しています。これも、教育に力を入れていこうという意思表示になっています」
――子育て対策とともに重要なのが、高齢化対策。松戸市の高齢化対策は?
市長:「松戸市でも、75才以上の人が10万人、2割くらいになる時代が見えています。その高齢者のみなさんに対し、行政が単独で何かやろうとしても、限界があります。ですから市民同士、お互い助け合いをする状況をつくりたいと、市内を15地域に分け、お互いの連携がとれるようにする試みを進めています。
具体的には松戸市の400近くある町会・自治会を15地区にまとめ、社会福祉協議会を分け、地域包括支援センターを15地区につくり、高齢者のみなさんが何でも相談できる環境を整備しました。
そこでは医療や介護の問題でも、各地域でヨコの連携をとれるようにしています。医師会も、お医者さんがいるだけではなく、地区ごとの担当医を指名してもらいました。医療・介護で専門的なことを相談する場合、その先生に入ってきてもらうことになります。地域が日常的に助け合う仕掛けがある地域にしておけば、高齢者だけではなく子どもの問題、虐待の問題、そして災害があったときもお互いに力になります」
世代間交流でコミュニティを作る
――世代間交流については?
市長:「世代間交流は重要です。松戸市では、3世代で参加できるイベントを企画するとともに、おじいちゃん、おばあちゃんの家の近くに子世代が家をもったら最高100万円の補助が得られる試みを進めてきました。市内で親との同居や近居を考えていて、新しく家やマンションを購入する際、費用の一部を補助する制度です。たとえば独身時代は都内に住んでいたけれど、結婚して子どもが小さいうちは、自然環境のいい、広い家で子育てしたいという人に、松戸に来てもらうことが狙いです。
100万円というと大きな支出に見えるかもしれませんが、その効果は大きいものだと思っています。おじいちゃんやおばあちゃんに何か問題が起こったときにも、子どもが一人のときにも行政が対応しなければいけません。お母さん、お父さんたちも、子どもが病気になったときなど体制を組まなければいけません。そこにもコストがかかるでしょう。
もし、おじいちゃん、おばあちゃんが近くにいれば、ちょっとしたことなら面倒をみてくれます。そういう体制をつくるのにかかる費用は、100万円どころではありません。大変反響が大きく、たくさんの申し込みがきています」
松戸は二十世紀梨発祥の地。いまでも梨は地域の名産品だ。ドミニカ共和国とは「梨の栽培」を松戸市が支援している。
2015年にドミニカ共和国の大使が松戸市を訪問した際に、食べた梨に感動し「ぜひ、これをドミニカ共和国で作りたい」という話になり、プロジェクトがスタート。ドミニカ共和国は、暑い地域だが、人が住んでいる場所は海抜1000メートルを超えているので日本と変わらない気候。
苗を送ろうとしたところ検疫の問題などで時間はかかってしまったが、2017年に松戸の農家の人たちが現地に赴いてサポートし栽培が始まった。ドミニカの農林水産大臣もお礼に来たりと「梨外交」が生まれた。
その他にも、松戸市は海外との交流に力を入れており、東京オリンピックのキャンプ地としてルーマニアを誘致した。また、海外のアーティストに長期滞在の場を提供するアーティスト・イン・レジデンスでは全国屈指の人気を誇る。
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――市長は文化をつくっていきたいと。
市長:「我々は文化を大切にしていきたい。これも財産だと思います。文化というものは「つくりたい」といって、すぐできることではありません。人とのつながりが重要で、信頼関係もあります。その意味では松戸市の対応が「あったかい」ということで、外国のみなさんにも来ていただいています。人のつながりが広がりをもち、文化も産業も、スポーツもできる街にしていきたい。
東京に仕事に行き、帰ってきて寝るだけでは魅力的な街とはいえません。松戸は東京に近いので、50万人の市民のうち20万人は、朝、市外に出る。仕事もあるし勉強もある。松戸にも仕事場もあり高校や大学があるので、10万人くらいは外から入ってくるのですが、出ていくほうが多いのも事実です」
みんなが真似したがる街に
市長:「松戸という街を、もっと価値を持った街にしていきたい。単にビルや道路を造ればいいというものではなく、たとえば松戸の駅周辺をどうしたらいいかというとき、すぐ建物や道路の整備の話になりがちなんです。もちろんそれも必要ですが、どのように魅力的な街にするか、コンセプトが必要です。
たとえば、どういう仕事をする人がいて、仕事場をどう確保するか、場所も、ただ駅前をというだけではなく地域全体を考えた構想、それが重要になってきます。コンセプトがなければいけません。
アメリカに最近一番住みたい街といわれているポートランドという市があり、そこの街づくりをしている人たちにコンタクトをとって松戸に来ていただきました。そして『松戸もこれから街づくりをしていくので、いろいろ教えてほしい』とお願いしました。彼らも快く引き受けてくれて、すでに3回、4回と来てもらって、松戸の街づくりについて意見交換をしてきました。
ポートランドのチームにも松戸市内を歩いてもらったら非常に興味を持ってくれて『一緒にやりたい』と」
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ポートランド市は、アメリカ西海岸の北部に位置するオレゴン州最大の都市。「全米で最も住みたい都市」、「全米で最も環境に優しい都市」などと言われる。徒歩で歩ける範囲で生活圏を設計する「コンパクトシティ」など、市民参加型の街づくりのモデルとして世界的に評価が高い。
――ポートランドとはこれからどういう取り組みをして行く予定?
市長:「彼らは『まず市民の意見を聴きたい、そういう場所を設定したい』といっています。いろいろな人の意見を聞きながらコンセプトを作り上げていきたいということです。アタマで考えてひねり出すのではなく意見交換をしながら進めていく。これから何回も何回も、意見交換をしていくと思います。
今の日本は、どこに行っても同じような街になっているので、私は「どこにもないような街にしてくれ」と言っています。10年、20年後に、みんなが真似をしたがる街にしたいと考えています」
取材・執筆:廣川州伸(ひろかわ くにのぶ)
1955年9月東京生れ。都立大学人文学部教育学科卒業後、マーケティングリサーチ・広告制作会社を経て経営コンサルタントとして独立。合資会社コンセプトデザイン研究所を設立し、新事業プランニング活動を推進。東工大大学院、独協大学、東北芸術工科大学などの非常勤講師を務め、現在、一般財団法人 WNI気象文化創造センター理事。主な著書に『週末作家入門』(講談社現代新書)『象を倒すアリ』(講談社)『世界のビジネス理論』(実業之日本社)『偏差値より挨拶を』(東京書籍)『絵でわかる孫子の兵法』(日本能率協会)など20冊以上。パズル作家としても著名で、地域を歩きながら魅力を発見する独自のパズル「謎解きクロス」を全国で展開している。
撮影:樋宮純一/フォトグラファー
取材・構成:石原智/次世代価値コンソーシアム