アートは教えられるか?~子どもへの芸術教育 PART1~ 幼児・児童教職過程の授業から見える「図画工作」が好きな子どもの育て方

「センスが良い」「審美眼がある」と言われて嬉しくない人は少ないだろう。さっと絵を描いたり楽器が弾ける人に誰もが感心する。
従来、こうした美的な感覚は、特別な人だけが身につけるべきものか、趣味の領域だとみなされてきた。しかし近年、「アート」は、個人的なセンスや一芸を超えて誰もが身につけるべき能力として見直されつつある。変化のスピードが早まる現代、既存の知識や概念の延長での論理的思考だけでは、将来の選択肢が狭まるのではないかという危機感が背景にある。多様化が叫ばれるなかで、異なる文化や慣習を理解し吸収するためにも芸術的な感性が必要となる。
では、子どもたちは、いかにアートを学ぶことが望ましいのか。現状、ほとんどの子どもたちにとって、学習としてアート分野に触れるのは学校での「図画工作」「音楽」といった科目。
今回、幼稚園・小学校教諭の育成に携わる二人の大学教員にレポートしてもらった。
大学でPART1は「図画工作」教育。PART2では、「音楽」教育の現状と展望について探った。
「アートは教えられるか?~子どもへの芸術教育 PART2~音楽教育の視点から」はこちら

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幼児・児童教職過程の授業から見える「図画工作」が好きな子どもの育て方

平本 和博/日本体育大学児童スポーツ教育学部非常勤講師

正解を求める学生たち

日本体育大学(日体大)というとスポーツのイメージですが、幼児保育教育でも実績のある大学です。2013年には、日本体育大学女子短期大学部幼児教育保育が改組されて、4年制の児童スポーツ教育学部児童スポーツ教育学科が新設されました。私は、学部開設から、非常勤講師として週1回、幼児保育向け、児童向けの「図画工作」の2科目(2016年までは2科目4講座)の授業を担当しています。

平本和博講師

私の授業の受講生は、「児童スポーツ教育学部幼児教育保育コース(幼保)」の50人弱、「児童スポーツ教育コース(児スポ)」の10数人のそれぞれ3年生。「幼保」の受講生が格段に多いのは必修科目だからです。一方、「児スポ」は選択科目。両学生ともに共通するのは、幼稚園教諭と小学校教諭の違いはあれ教員を目指していることです。
ただ残念ながら、教職課程の科目の中でも、図画工作の授業は算数や理科、国語などの授業に比べ人気がありません。また図画工作を嫌わないまでも、積極的に授業を受けたいと思う学生は少ないのが実情です。学生たちへヒアリングしてみると、図画工作よりも主要科目の方が卒業後の教育の現場で役に立つと考えているようです。
また図画工作は正解が立証できない学問です。評価は、見る側の感性に委ねられています。図画工作に限らず、明確な答えを得られる授業の方が人気が高い傾向があります。

大人の一言が、図画・工作嫌いの子どもを生み出す

幼稚園・小学校の教員を目指す学生たちが図画工作の授業を嫌うもう一つの要因は、絵を描くことに苦手意識のある学生が多いことです。
授業を通じての学生たちとの交流から、彼らの「苦手意識」の原因を考えてみました。私は、幼少時の心ない指導によるものが大きいのではないかと考えています。
幼児は親や先生の言葉に対して過敏に反応します。大人の何気ない一言で図画工作が嫌いな人間となってしまいます。嫌いになれば敬遠します。そうすると、生涯、積極的に描くことや作ることに触れないまま成長してしまうわけです。その「図工嫌い」は、その子だけにとどまりません。そうした子どもが親になれば、子どもに「図工嫌い」が伝播してしまうかもしれません。私が教える学生のように、幼稚園・小学校の教員になれば、その負の影響力はさらに大きなものになります。

日本体育大学幼児教育保育コースでの授業。手を動かしながらの授業では笑い声が響く

子どもの絵に技能は不要

子どもたちは、どのような形で図画工作嫌いになっていくのでしょうか。
図画・工作の授業は個々人の多様性を認めることによって成り立つ授業です。子どもの個性を尊重する教育が行われている現在、児童に面と向かって「○○ちゃんは絵が下手だね」と言う教師はいないでしょう。しかしながら子どもたちは些細な否定する言葉でも心に傷を負ってしまいます。「もう少し丁寧に形を見てごらん」、「実際にこんな形をしていないよね」から「○○くんは、発想は良いんだけどね……」などと大人からみて児童を傷つけない言葉を選んでいるつもりでも子どもたちの受け止め方は異なります。以上の言葉は実際オリエンテーションの時、図画・工作が苦手になった理由をたずねた際の学生の返答です。
その一言によって描くことや作ることが嫌いになるまでに至らなくても、図画・工作は面倒くさいなと思い込んでしまう。描くことが嫌いになる主な要因は絵を教える大人の方が作っているのです。

図画工作と言っても範囲が広いので、ここでは絵画を例にとって考えます。
そもそも絵画にとって上手、下手などあるのでしょうか。大人たちは何を基準に上手、下手と考えているのか。確かに、技能の上手、下手はあります。しかし、児童の絵画表現にとって技能など必要ありません。一般的には、上手な絵画とは対象となる形態を正確に描ける能力を指しているかもしれません。しかし、対象物を正確に写しとることがそんなに大切なことでしょうか。また、絵画における「正確に」とはどういうことでしょうか。

同じ木は存在しない

私の授業の中に「観察」の時間があります。教室近くの公園でスケッチし、そのスケッチに基づき教室で水彩絵の具を用いて絵を描きます。ただし、見たまま、ありのままの風景を描くわけではありません。テーマは「カタチさがし」です。
まず、公園の中から自分が気に入った形を探します。たとえば、対象の公園には1本の大きな木があります。その木を見ていても一人一人みな興味のある部位や形は違います。大木本体の力強さに感銘を受ける学生がいます。幹の枝振りの形の面白さに心引かれる者もいます。また太陽の光を浴び輝く葉の緑の美しさに魅力を感じる学生もいます。子どもたちも同様でしょう。
感じたことを絵に表現することも大切ですが、まずは外界の何に心引かれ興味を感じたのか、それを自覚することが大切です。心引かれるものを自覚できれば、その絵画表現はより豊かなものとなります。

人はそれぞれ個性が異なるように、人それぞれ対象への見方も違うし、見え方も異なります。誰もが、それぞれに興味があるもののみに焦点が合わせて外界を見ていることを自覚しなければなりません。絵画表現においては、一番印象に残ったカタチや色彩から描かれ始め、徐々に詳細にそして大胆にデフォルメして表現されます。
私はどちらかといえば写実的表現にあまり興味はありませんが、昆虫図鑑や花、野草図鑑に描かれている絵は大好きです。写実的でありながら生物の特徴をよく捉え、立体的に見えるよう微妙にデフォルメされているからです。これらの絵画は、写真よりも「リアル」で、対象の持つ性格を掴んでいます。その上、描いた人それぞれの個性がしっかりと表現されています。

受講する大学生による作品

幼児・児童の描く絵から家庭環境が見える

記憶を基に描く絵の場合も、対象を見て描く写生画も表現としての考え方は同じです。絵画は自分の中で一番印象に残ったものを中心に描かれます。当たり前と言えば当たり前のことですが、そのことを意識して、改めて子どもたちが描いた絵や工作を見てください。彼らの生活や家庭環境などを読み取ることができます。創作物は、子どもの生活のすべてを表現しています。

直線しか描けなかった幼児も、円を描けるようになると形を意識するようになります。目に見えるものを表現することができると、まず一番身近な存在である母親や家族の姿を描きます。母親のことを大好きな幼児は、母親を中心に大きく描きます。とくに身体の中でも顔や手は大きく描かれます。顔や手が大きく描かれるのは、誇張ではなく幼児の目に映る正直な姿なのです。幼児の描く母親の姿の多くは、胴体がなく顔から手や足が直接出ていることが多いのです。その表現が大人の目から見て写実的ではないからと、子どもの描く絵を正しても意味はありません。形の良し悪しよりも何を描いたかを正しく読みとってあげることが大切です。

スケッチを元にして紙粘土で作品の作る授業

学生を通して幼児・児童へ伝えられること

いままで述べてきたことは、教員を目指す学生に対しての授業内容です。しかしながら彼らが教育の現場に立てば、授業を通して学んだことを子どもたちに伝えていきます。経験を通して学んだことしか子どもたちには伝えられません。言葉で得た知識では突発的、変則的な事態に対応できません。学生たちが制作する過程で思い通りに作れなかったことや、時間の過ぎることを忘れるぐらい楽しく過ごせたことなど1年間の経験が、実際の教育現場に活かされると信じています。


学生が幼児や児童を前に授業を行うことに比べれば、私が大学生に講義、演習を行うことは難しいことではありません。自分のスタンスを明確にし、年間カリキュラムを決定すればほとんど想定通りに授業は進みます。学生は大人なので。一方、幼児や児童であれば、大人が考えつかない問いや行動が出てきます。図画工作にはメソッドはないに等しい以上、教員の資質が大切です。私は、学生に「図画工作を教える授業ではなく、楽しさを共有する授業」だと伝えています。図画・工作は感性を育む授業です。楽しくもなく緊張だけが続く授業の中では感性は育ちません。のびのびと制作できる環境をつくることも大人たちの責任です。
下記の10項目は、私の授業の前提となるものです。オリエンテーションの時の説明資料として作成したものです。

図画工作を通して子どもたちとどう向き合うか

① 描くことや作ることが好きな子もいれば、きらいな子もいます。まずは子どもたちと楽しく遊びましょう。

②季節、自然、園内行事、家族、友だち、生活の中にはあらゆるテーマや題材が隠れています。

③見るもの、見えるもの、感じ方などは人それぞれです。一人一人の個性をしっかり受け止めましょう。

④上手い、下手の基準はありません。大人の尺度で作品の良し悪しを決めることはできません。たとえ技術が未熟でも楽しさや愛情が伝わってくる表現は評価してください。

⑤手が遅い子も、早い子もいます。無理強いすることなく完成まで付き合いましょう。最後まで仕上げることが大切です。

⑥子どもの表現の中から、その子どもの個性や家庭環境、生活状況などが見えてきます。ていねいに読みとりましょう。

⑦道具は上手く扱えば便利で楽しいもの。きちんと使い方を教えましょう。

⑧観察力を養うことは大切です。外界への興味は人格形成の始まりです。

⑨描き方、つくり方を教えるのではなく、描くことの楽しさやつくる喜びを伝えましょう。

⑩みんなで一緒に作品づくりをすることも必要です。人と人との関わり合いの中で社会性、協調性が養われます。

創造性や美的感性を養う

いまも図画・工作の授業など必要はないと考える学生は多くいます。社会に出ても実際役に立たない授業と思われています。美術教育にしても世間では教養を得る手段程度にしか思われていません。海外ではビジネスを行う上で美術やその国の文化を語れなくては、一流のビジネスマンとは認めてもらえないと聞いています。美術の歴史や作家の思いを学ぶことで相手国の文化や生活、国民性などが見えくるからでしょう。しかしながら美術や文化を学ぶことは、単なる知識や教養を身につけることと位置づけて良いのでしょうか?

私は、美術や文化を教養だけとは考えていません。美術や文化を学ぶことによって得られるものは知識だけではなく創造性や美的感性を養うことでもあるのです。美的感性など身につけなくても、普段の生活には困らないと考える人もいると思います。だが美的感性を形成することは、豊かな個性やアイデンティティを形成することに繋がります。グローバルな世界に生きる私たちにとって、個性やアイデンティティを身につけることは必要なことです。とくに最近は、ビジネスの世界でも美的感性が大切なことと認識され始めています。
人材登用にしてもいままでのように、経営や営業に携わる人は経済や経営学部出身者と考える会社は少なくなりました。経営の中枢でも音楽大学や美術大学出身者が着任することが珍しくはありません。社会はいま経験から導かれた型にはまった思考よりも、突飛だけれども創造性豊かな発想も必要な時代になってきたのかもしれません。音楽や図画工作はそのような感性を磨く最初の入り口の一つです。

のびのびと楽しく描くことが基本

今回は実際に絵画制作を行う上で、とくに注意を払っていることについて述べたいと思います。
私は学生に制作中はあまり多くの指示は出しませんが、「のびのび」と、そして「力強く」と言い続けています。絵画は塗り絵と違います。輪郭線を描いて線内からはみ出さないように正確に描くことなくのびのびと筆を運ぶように指導しています。幼児童の絵画は自由にのびのびと楽しく描くことが基本ですので、輪郭線にとらわれる表現は必要ありません。形ばかりにこだわりすぎると絵の勢いはなくなりこぢんまりとした世界しか表現できません。それでは、子どもの感性は伸ばせません。

ようやく形を描けるようになった幼児にアンパンマンやドラえもんのような漫画やアニメ・キャラクターを描いてあげるお母さんたちがいますが、あまり感心できません。私もアニメ・キャラクターは嫌いではありませんが、幼児が描く絵の題材としてはどうなのかなと思います。確かに漫画やキャラクターたちは子どもたちの関心を引きつける要素を多く持っています。誰もが描きやすいように単純で洗練された形態と強い線を用い、色彩も刺激的です。一定の法則を覚えれば誰もがコピーするように簡単に描くことが出来ます。誰でも簡単に親しみを覚えコピーできることはキャラクターの長所とも言えますが、描く人の気持ちが反映されず画一的な表現になってしまいます。キャラクターとしては素晴らしくても描く人の個性を消してしまう題材は、幼児童に与えるべきではありません。

興味をそそるテーマづくり

幼児において無理に描くことを押しつけることは、図画嫌いを引き起こすことになりかねません。元々幼児はお絵かきが大好きですので、楽しいテーマであれば喜んで描こうとします。いろいろな形で自己表現を行いたい時期です。実際描く際、幼児童にとって絵や工作のテーマを決めることは大切です。なるべく興味がわくようなテーマであることはもちろん、絵の中から会話が生まれるような題材が理想です。子どもの絵の中には物語や事件が隠されています。描かれた絵を囲めば自然に会話が始まります。抽象的過ぎるテーマでは興味が削がれてしまいますし、テーマの範囲が狭ければ想像力は沸きません。まずは目的を持ったテーマ選びが大切です。普段の生活が表現されるもの、楽しい記憶を思い出させるもの、季節を感じさせるもの、想像力を働かせるもの、日々生活の中には多くの題材が散在しています。目的を定めたテーマ選びを実践してください。

もちろんたとえテーマを定めても、テーマから離れて描き出す子どもたちはいます。そのような子どもでも許容し、あまり型にはめるようなことはしないで下さい。せっかく描くことに没頭しようとしている子どもたちの意欲を阻害してしまうことだけは行わないようにしましょう。テーマにこだわるよりも、その子が何を描こうとしているかが大切です。何を描こうとしているかを読み取り、その絵に描かれている世界について積極的に話しかけてみましょう。そして描かれたものに対し、評価すべき点は積極的に褒めてあげましょう。ただし評価は技術的な内容に偏らないよう注意してください。何しろ楽しく行えることが第一です。

リサイクル品は格好の図画工作材料

絵画制作は絵の具やクレヨンなどの道具を使わなくてもできます。貼り絵や、版画、フロッタージュなどの写し絵の他、工夫次第でいろいろな方法があります。貼り絵は、色紙ばかりでなく、スーパーマーケットや不動産広告のチラシなどを利用すればまた違った面白い表現が可能です。ちなみに私の教室では、貼り絵の材料として広告・チラシなどを持参し制作するように指導しています。資源ゴミとして使われる材料を利用することによって、市販の色紙を使用するよりも奥行きのある面白い表現が可能です。また枯葉を使った貼り絵やフロッタージュなども落ち葉拾いから始めれば楽しい行事になりますし、季節を感じさせる良い機会になると思います。

また工作でも市販の材料をとり揃えなくても十分制作は可能です。ペットボトルや牛乳パックの他、段ボール、菓子折箱、ひもやリボン、毛糸くずなど、捨てることができず、引き出しで眠っている小物類なども工作材料として十分使用できます。子どもたちにとってもペットボトルでつくった自動車や帆船などは、既成のおもちゃを与えるよりも楽しく遊びます。工作でつくったものなのでキャップのタイヤが外れたり、帆船の帆が壊れたりしますがそれを直しながら遊ぶのも楽しいものです。また大きな段ボールでお家やロボットをつくれば、制作後もそのまま楽しい遊び道具となります。自分たちが制作した工作は、市販のおもちゃなどよりもよっぽど楽しい遊び道具となること請け合いです。

→アートは教えられるか?~子どもへの芸術教育 PART2~音楽教育の視点から

執筆:平本 和博(ひらもと かずひろ)
日本体育大学児童スポーツ教育学部非常勤講師
1971年 武蔵野美術大学造形学部卒業後、東洋経済新報社入社
1989年〜2006年 宝仙学園短期大学(現・こども教育宝仙大学)造形芸術学科非常勤講師
2015年〜 日本体育大学児童スポーツ教育学部非常勤講師
著書:『りんごをアップルとは呼ばせない』共著、弘前大学出版会刊(「第7回弘前大学出版会賞」受賞)他

撮影:撮影:樋宮純一/フォトグラファー

取材・編集:石原智/次世代価値コンソーシアム

2018年10月5日公開

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